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さあ、血の宴を始めよう。 この腕を鳴らし、地を蹴りつけて、眼前の邪魔なものを潰していけ。 息の根止めるまで何度でも。 この手を上げて大地を血に染めるのだ。 それが自分たちの存在理由。 己が選んだ唯一の”道”。 望むものを自ら失うために。 侮蔑と恐怖を宿した瞳で、貴方は私を見なければならない。 だから、今この時を選ぶ。 貴方が、もう、私の元へ帰らないように―――。 =Flame of The Original Sin= V. 砕かれる岩盤。飛び散る石の破片。襲い掛かる灼熱の焔。顔面に叩きつけられる熱風。 (こんなに強い相手は、マジはじめてだぜ!!) エドワードにとってこんなにも驚かされるとは思っていなかった。 今対峙しているのはロイ・マスタング大佐とアレックス・ルイ・アームストロング少佐の二名。 山間の中に作られた、錬金術のためのアトリエを背に、エルリック兄弟は全力で戦っていた。 いつもからかってからかわれる間柄の彼らとこうして向き合っているのは、ただ一人、初めての自分の弟子となった少女、アルモニを助けに行くためだ。 「……っくそ!!」 こんなにやりにくい相手は初めてかもしれない。 普段使い慣れてる右手を練成しての鋼の剣では太刀打ちできない相手なのだ。 少佐では完全にパワーで負けるし、大佐は想像以上に素早い動きを見せるため、容易に間合いを取ることは出来ない。 しかも近づけたと思っても、その瞬間には彼の放つ焔に跳ね飛ばされてしまうのだ。 「下がりたまえ!」 大佐の声が聞こえてるような気もするが、今はそんな事に構っていられない。 弟のアルフォンスはその体格もあって、アームストロング少佐の相手をしようと試みているようだ。彼は兄の自分よりも格闘レベルは上だが相手はあの少佐だ。どれだけダメージを与えられているのかも怪しいと言える。 (あまり長引くと、こっちが全然不利だなぁ…) 「余所見をしてると火傷をするぞ、鋼の」 「うっせぇ。それこそ余計なお世話だ!!」 「ふっ、まだそこまで減らず口が叩けるか………ではまだまだ行けるな!」 まだまだってどこまでやる気だよ、このおっさん!? そろそろ本当にヤバイと考え出したエドワードは、あまり得意ではないからととっておいた武器を使うことに決めた。 両の掌を、パンと合わせた次の瞬間に地面に触れる。 「むっ」 エドワードが何かを出してくると分かり、ロイは身構えた。 この少年の戦闘能力、そして錬金術のレベルの高さを誰よりも買っているのは、誰あろうロイ・マスタング自身である。 その彼が『何か来る』と判断した。 この戦いを決めるべく、決定打となる何かを、少年は出してくるだろう。 ズズッ。地面が変形し、発光する中から現れたのは、少年の身長の半分以上はあるかと思われる片刃の剣。 「ずいぶんと重そうな武器を出してきたね」 「あんた相手じゃ形振り構っていられないってのが、やっと分かってきたんでね」 「そうか。もう少し早く分かっていたら、君もそこまで疲れなかっただろうに」 「うるせえや!」 「さあ、もう一度、全力でかかってきなさい。私は私の全力で君を倒すよ」 眼の前の青年が本気で言って事を、エドワードはもう分かっている。 彼のそこまでの真摯な眼差しが、まっすぐこちらに向けられているのだから。 『待ちたまえ』 その時の不意打ちの声に驚いたのは弟も同じだろう。思わぬ壁が彼らの前に立ちはだかった。 今すぐにでも教授を追いかけてアルモニを助けるんだと、駆けてきた自分たちの前に、上司である彼等は現れ、そしてこれ以上進むなというではないか。 何故。 一瞬よぎった疑問を聞けるはずも無く、かといって彼等は動こうとはしない。ならばとエドワードは嫌でも通ろうとする。 『待てといっている』 『見て分からないかっ。急いでいるんだ』 『報告なら後でしますから!』 普段穏やかなアルフォンスも只ならぬ今の事態に、苛立ちを隠せない。 しかし、更に驚かされるのは、その場にいる軍人たちが皆、兄弟を止めようとする事だった。 『頼まれたのでね。君たちを入れてくれるなと』 『誰に?』 ロイは答えない。 その沈黙が、おそらく主犯がヴィルヘルム教授であろうとエドワードに判断させた。 ロイの嫌に冷静な表情が、更にエドワードをいらだたせる。 『ああ、そうかよ。だったら力ずくで通ってやる!』 『お願い、言うことを聞いて』 ホークアイ中尉も自分たちを止めようと拳銃を上げ、そして懇願する。 『ふざけんな。アルモニが危ないんだ』 『そのアルモニちゃんの気持ちも考えてあげて』 アルモニの気持ち……? ホークアイの言葉に、エドワードの気持ちが僅かに揺らぐ。 グッと眉を寄せて俯かせた顔を、左右に大きく振って再び彼らを睨み付けた。 『―――っそんなの関係あるか!! あいつは、あいつは俺の弟子なんだ! 俺が必ず助ける! それくらい出来なくて、何が師匠だ……何が錬金術だよ!!』 『どうしてもか……』 同じ錬金術師として、今のエドワードの叫びをどう聞いたのだろう。 目を閉じていたロイは、スッと視線を上げると、静かにエドワードに問う。 問われて彼は、はっきりと答えた。 『どうしてもだ!』 『……ならば仕方が無い』 ロイは、取り出した発火布使用の手袋を右手に装着した。 サラマンダーの踊る練成陣が、いつかのとき以来、久方ぶりにエドワードの前に現れる。 そして見た。 焔の錬金術師、ロイ・マスタングの、氷を思わせるほどに冷たく研ぎ澄まされんとする視線の淵源を。 これが……若干29歳で大佐まで上り詰めた男の本性かよ! 背筋をぞくりと這い上がっていくものを、実感しないわけにはいかなかった。 これまでにない敵を相手にしている。 思うほどに流れてくるのを、冷汗というのだろう。 (…………まじかよ……っ) 今までの彼の戦いの経験が警告を鳴らしていた。 彼は、これまでの相手とは全く比べ物にならないほどに強い。強いのだ! 本来なら触れるべきではない”敵”だが、ここまで来て引くわけにはいかない。 『では、いくぞ。鋼の』 あれから何度も向かっていったのに、彼に触れることが一度として叶わない。 こんなところで立ち止まっている場合ではないのに、全く前に進めない。 近づけば炎の壁に跳ね返されるし、かといって離れたとしても今度は焔の鉄槌が自分の背中を追いかけてくる。 こうなったら、あの焔の壁ごと”敵”を切れる武器を使わなければ、自分に勝機は見えてこない。 そう判断して取り出したのが、『村雨』と銘の刻まれた妖刀だった。 旅の途中で耳にした、不可思議な力を持つ一振りの刀の話。 イメージはそこから取り出した。 どんなものもその呪いの力で切り刻む、えらく趣味の悪い武器だ。 「これで決めさせてもらうぜ、大佐」 「………面白い」 新しい武器を見せ付けられても、彼の余裕の表情にはなんら変化はない。 悔しいが、それだけ二人の力に差があるということだ。 青年の瞳は冷めたまま、常に自分を捕らえて離さない。エドワードは負けじと睨み返して、実はギリギリの状態を保っている。 彼が見ているのは、エドワード・エルリックという少年でもなければ、鋼の錬金術師という国家錬金術師でもない。 敵だ。ただ一人の倒さなくてはならない”敵”なのだ。だから彼の漆黒の双眸は、何処までも冷たく光を放つことが出来る。 今の俺は、彼にとってただの敵………。 僅かに聞こえた胸の奥底の軋みを無視して、エドワードは改めて彼と対峙した。 この一撃で、決める!! エドワードがロイに切りかかったのとほぼ同じ刻、背後のアトリエが天を覆うほどのまばゆい光を放ち、大音声を上げた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「結局今回もあいつの手の上で踊らされてた気がする……」 「何? 兄さん」 エルリック兄弟は二人、ノイエヒースガルドの宿で荷造りをしていた。 ヴィルヘルム親子が死んでしまった今、二人がこの町でやることはもうなくなってしまった。 喪失感が計り知れなくて、だが立ち止まることはできないのだと互いに言い聞かせて、自分たちが最初から向かう予定にしていたセントラルへの出発の準備をしている。 この旅には必ずアームストロング少佐が同行しなければならないので(全く本意ではないが)、彼を待つため今夜はこの宿に一泊する。少佐が此処にいないのは、この町を仕切っていたネムダ准将の不正の取調べに立ち会っているからだ。本当は一分でも一秒でも早くこの街から出たいと思うのだが、仕方が無い。 「いや、なんかさ。事の起こりは全然関係ないところからだったのに、結局最後は大佐たちと合流する形になっちまって、しかもオチがあいつらとのケンカだぜ。どう思うよ!?」 「ケンカって……」 あの戦いとケンカというのか―――。 まあそれがエドワード・エルリックという人間なんだろうけど、とアルフォンスは苦笑するばかりだ。 「それでもさ、思ったんだけど、やっぱり大佐も少佐も手加減してくれてたよね?」 「なっ……」 エドワードはアルフォンスの言ったことにグッと顔を顰めた。 そう、そうなのだ。実のところ彼等には手加減されていたのだ。戦っている途中で気付いていた。本当に彼らが本気になったら、自分たちの傷がこんなものですむはずが無い。なのにいつまでたっても決定的な一撃を入れてこなくて……。 「ムカツク……」 「なに、兄さん、それが嫌で拗ねてたの?」 「んなわけあるか!!」 馬鹿を言うなとブツブツ言いながら、エドはトランクの中身を確認して蓋をしめる。特別忘れて困るようなものは入っていないから、荷物の確認というのも実はあまり意味が無い。 「とりあえずもう此処でやることはないし、あ〜、どうするかな時間まで」 「折角錬金術師がたくさんいるんだから、話とかしてみたら」 「あいつらから今更習うようなことなんか無いだろ」 「ひど……。じゃあ散歩くらいで」 「………………」 「暇なのは嫌なんでしょ?」 「でも町歩くのは、なんか、引ける」 「じゃあ大佐のとこで何か手伝ってくる?」 「…………冗談。俺たちになんかできることあるか?」 「あるかもよ。書類の整理とか」 「なあんで俺たちが行ってやらんといかんのだ。それくらい自分たちでやれって」 「でも気にはなるんでしょ?」 「何でそうなるんだよ!?」 ベッドでごろりと横になっていたエドワードは、アルフォンスの発言に驚いて跳ね起きた。 「え、違うの?」 「違うも何も……だから、なんでそう思ったんだよ」 エドワードの呆れ顔に、アルフォンスは全くけろりとした感じで言葉を続けた。 「え、だって…」 「兄さん、あのときの”羽”ずっと持ったまま放そうとしないじゃない」 言われて、まさに縫い付けられたようにベッドから動けなくなったエドワードだった。 その羽というのは、自分たちが戦う直前までロイが持っていた一枚のこと。 何もかもが終わったあとに、ふと彼らがいた場所に落ちているのを見つけて、思わず持って帰ってきてしまったのだ。 つまりアルフォンスは、そこに大佐が落としていった羽だから持っているのではないか、と兄に言っているのである。 「…………………コレは大佐が、じゃなくて、アルモニが置いてったからだろ」 プイと向こう側を向くエドワードだが、言葉と態度が裏腹なのが、弟にはもう見え見えだ。 (相変わらず嘘付くの、下手だなぁ) そんな兄を微笑ましく思って、彼を押し出すための一言を、アルフォンスは告げる。 「兄さん、実はさっきホークアイ中尉の使いの人が来てたんだけど」 「………へ?」 「大佐が此処に来てないかって聞かれたんだ。なんでも一時間くらい前から、消息が分からなくなってるらしくて」 「何やってんだ、あいつ!」 「ホークアイ中尉が言うには、”今は眼を離すと危ない”状態なんだって。探しに行く?」 「……危ないってのは、何が危ないんだ?」 「そこまではボクにもよく分からないんだけど……」 「………………」 「ホークアイ中尉が危ないって言うんだから、やっぱり大佐の事じゃない?」 「あ――っ、くそっ!」 いつものように彼の顔を思い出して眉を吊り上げるエドワードは、ガシガシと金髪の頭を掻き乱して、キッと目に見えぬものに照準を当てて顔を上げた。 「兄さん」 「しょうがねぇなぁ、どいつもこいつも。探しに行ってやるさ。どうせ人を当てにして来やがったんだろ?」 言うとおもむろに立ち上がり、椅子に掛けてあった赤のコートを引っ掛けて部屋を後にする。 アルフォンスの、留守番してるね〜、という声を背中で聞き、エドワードは右手を上げて返事を返した。 あの図体ばかりの子供は一体何処へ行ったのやら……? 溜息を一つ洩らして、宿を出たエドワードは町の中を駆け出した。 あまり広くない町の中で、だが、彼が向かいそうな場所など見当がつかない。 エドワードは真っ暗な中での手探りのような感覚で、ロイを探し始める。 しかし、見つけ出すのにそうは時間がかからなかった。 まさかと思ってきてみた場所に、彼がいたからだ。 そこは今朝まで皆が訪れていた場所。 見事なクレーターが残る、ヴィルヘルム教授のアトリエ跡地に、ロイ・マスタングはコートを羽織り佇んでいた。 「…………大佐……」 後ろから呼ばれて、ロイはスッとこちらに振り向く。 その表情はとても穏やかで、ほんの数時間前に鬼のごとき戦いを見せた人間なのだと、一体誰が思うだろう。 「鋼の?」 「何やってんだよ、あんたは」 何とは、と呟く青年に近づいたエドワードは、両腕を上げると彼の胸へと抱きついた。 無事に見つけたという安心感から、ほうと一つ、息を吐く。 「は、鋼の!?」 それよりも大変なのはロイの方で、不意の事に動揺を隠せず、彼はエドワードの肩に手を掛け引き離そうとした。 だがエドワードは離れようとはしない。 「鋼の……」 「そんな逃げようとすんなよ、大佐」 今度こそ、ロイは絶句した。 彼の肩へ添えた手に、自然と力が篭っていく。 「はがね、の」 エドワードは何も言わず、抱き締める腕に力を込めた。 肩に顔を埋める青年の体が震えているような気がしたが、エドワードはあえて気づかなかったことにした。 back・next... ***************************** 急展開過ぎますよね〜(苦笑) 次は眼に痛いくらい甘くなるんじゃないかと思います。 ここまでが味気なさすぎました…(−w−; 2004.03.02 2012.05.20改稿 戻 |