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=Flame of The Original Sin= W. 今回、ノイエヒースガルドに赴くにあたり、ロイは一つの決断をしていた。 このたびも幾多の事件と例外なく、エルリック兄弟が関わっていることはホークアイからの事前の報告で知っていた。きっと彼らと顔をあわせることにもなるだろうと。 だからコレを機に、自分の気持ちを決別させようと思ったのだ。 ”彼”という存在を知ってから、ずっと抱いてきた憧憬の想い。 他の誰にも感じたことの無い『独占欲』というものを、すっぱり捨ててしまおうと思い、ロイは足を向けたのである。 再会した時に、エドワードがまだイシュヴァールの事を引きずっているようだったら、何も言うつもりはなかった。そのまま彼らに関わらないようにすれば良い。後はもうあちらから関わってくることもなくなるのだろうから。 義務上の報告と命令との繰り返しを行う『上司』と『部下』の関係。これで終わってしまうはずだったのだ。 しかし自分たちが目の前に現れても、エドワードは動揺の色を全く見せる様子が無い。 ロイは困惑した。 以前のような自分たちへの”好意”を持たれててはいけないのだ。 もし、再び軍の暗い影を見てしまった彼が、先日と同じように自分を拒絶したら……? もう『二度目』はない。そんなことがあれば、間違いなく自分がだめになってしまう。 己にも曲げることの出来ない、自身に課した道があるが、それすらも捨ててしまうだろう。 彼が自分を否定する。 イコールそれがロイにとって、生きていくこと自体を否定されたようなものだ。 こんな思いをしてしまうのは、彼が自分と他愛無い話をしてくれるようになったから。 最初は警戒ばかりして毛を逆立てていた少年が、時折尾を振るように近づいてくれるようになったからだと―――。 この事だけで、どれだけ自分が幸せにされたか。 まさかこの感情が、今更のように自分を苛んでくるとは思ってもみなくて。 だから、彼を遠ざけたかった。 ヴィルヘルムが、そしてアルモニが、彼らを足止めして欲しいと言ってきた時は二つ返事で答えを返した。アルモニから、エドに、と託してきた手紙を丁寧に胸のポケットにしまいこみ、ロイは彼を待つ。 今まで一度も見せたことのない、戦に臨むときの軍人としての本当の『自分』を彼に見せるために。 イシュヴァールの件で、あれほど嫌悪感を見せたエドワードだ。 必ず何らかの反応を見せてくれるだろう。 それだけ確認できれば、正直他はどうでも良かった。 (また私は、自分のために人を殺すのか―――) 私は……。 「鋼の……私は、そんな風に君に捜してもらえるほど、大事にされる人間ではないよ」 ロイは相手の肩においていた両手を背中に回しエドワードを抱き締める。 温かい腕の中から男の顔を見上げる少年の表情は、困ったように笑っていた。 「何言ってんだか、このおっさんは」 「この美男子を捕まえておいて、おっさんは無いだろう」 ロイの心からの非難に、エドワードは思わず吹き出して、笑いを止めることが出来なかった。 逆にロイは顔を顰めるばかり。 「クスクスッ。自分で美男子だなんていうなよ。図々しいなぁ」 「そんなことはどうでも良いんだ! ……君は私が嫌いになったのでは無いのかね?」 「なんで?」 「君は……イシュヴァールでの事を全て聞いたのだろう。私が何をしてきたのかも……」 思わず抱き締める腕に力がこもる。彼の本心を聞きたくないと思うのに、熱をもつこの体を離したくないとも思う。 エドワードは強く抱き締められるのにあわせて、そのまま体をロイの胸へと凭れさせた。 「……聞いたぜ、ちゃんと。戦争って奴がどれだけ人間を、人の人生を狂わせるかってことをさ」 「そして……君の大切なモノを、私はこの手で奪い取ったんだ」 なんて苦しい告白。 これ以上は相手の顔が見られなくて、再び彼の肩に顔を埋めた。 エドワードはやれやれと溜息を一つ洩らして、ロイの背中を一つ、叩いてやる。 「大佐……大佐? 俺の言うこと、ちゃんと聞いてよ」 「…………」 返事は無いが、きちんとその耳は自分の声を待っているのだろう。 エドワードは空を見上げて、丁寧に言葉を紡ぐ。 ロイはじっとそれに聞き入った。 「俺は確かにイシュヴァールの事であんたらに疑問を持ったよ。 軍ってのが武力で成り立ってるのは分かってたけど、だからって何でもありかよって。 そんでもってそれをあんたらは屁でも思ってねぇんだろうってさ」 「信じられねぇ、って思った。 信じるも何もそれが軍で、それが軍人って奴で、何を今更って感じだろ。 それでもショックだったんだ。 過去の事実もだけど、もっとショックだったのは、あんたに”裏切られた”って、自分が思ったことだった」 「だから、少し離れてみて、考えてみた。 それなら俺が今まで見てきたあんたらは偽者なのかって。 他の軍人は良く知らないぜ。でも少なくとも、俺が関わってきた東方司令部の奴らとか、さ、あんたもひっくるめて、悪い奴はいなかったと思うんだよ。 えらく根性悪いなぁって、3年前に思ったのは今だから言えることだけどさ」 クスッ。 「でさ、でさ、あ〜……っと、あんたが殺したっていう、医師夫婦の事もさ、考えたんだ……」 ビクリッ。 ロイの身体が過剰に反応し、そのまま固まってしまったので、エドワードは腕に抱く背中を、何度も触れるようにさすってやった。 彼の体の震えは止まっていない。 こうして触れて初めて知る。 彼がどれだけ、自分の犯した罪に、恐怖してきたか。 目の前にある事実に、エドワードは胸が熱くなるのを感じる。 「あの二人は……俺にとっては忘れられない人たちで……俺の幼馴染にとっては、それこそかけがえの無い人たちで……」 ああ、そんなに怯えないで―――。 「本当は……本当はきっと、その幼馴染のために俺が怒ってやらないといけないんだ。ただ泣くしか出来なかったあいつのために、俺が怒ってやらなきゃならないって。 分かってる。分かってるけど、でも俺は……」 この腕は、今、あんたを抱き締めてる―――。 「…………怒れなかったよ、俺。 そいつの事も考えたけど、それ以上に、俺が想ったのはあんたの事だったから」 なあ、ちゃんと聞いてる? 俺、あんたのために、ここにいるんだぜ? ロイはしばし呆然としていた。 肩口から顔を上げて、眼下の少年の顔を覗き込む。 見開く双眸から伝わる疑問の思いを、少年は確かに、しっかりと己の金瞳で受け止めていた。 「鋼の……それは……それは、自分の都合の良いように受け止めていいのだろうか……?」 どういう事だ? と少年は首を傾げて、言葉の続きを促す。 ロイも予想外の彼からの言葉にかなり混乱していたが、一つずつ整理しながら心の中の叫びを声に変えていく。 「君が、私を赦すと、そう言っているように聞こえるのだが……」 フッと、少年は力なく笑う。 「違うよ、大佐。別にあんたがしたことを赦す訳じゃない」 「では……」 「赦さないよ。赦せるはずもないから……だから、あんたが背負ってるもんの半分を、俺が背負ってやるって言ってるんだよ」 「な……っ!」 ロイは驚愕に目を見開く。 「君は、自分で何を言ってるのか、分かっているのか!?」 聞いた言葉の意味がすぐに理解できなくて、問い詰めるように相手を揺さぶるロイ。 荒い扱いだったが、エドワードは非難するでもなく、甘んじて彼の行為を受け止めた。 少年にはわかっていた。 己の肩を掴む彼の両手のほうが、実は痛いのだということが。 丹精な青年の顔が、今度は眉を強く顰めて下を俯く。 きつく歯を食いしばる男の頬を、エドワードは両の掌で触れた。 特に右手は硬くて冷たいので、なおさら優しく触れるように注意する。 「ちゃんと分かってるぜ、大佐。 もうこれは決めたことだ。俺はあんたの手を取ることを決めた。 きっとこれは”家族”への裏切り行為なんだと思う」 それでも、とエドワードは続けた。 それでも―――。 「それでも、俺はあんたの手を取ってやるって決めたんだ。 絶対離してやんないぜ。 あんたが嫌だと言ってもな」 「鋼の……」 「本当はこんなこと、あんたにも言うつもりは無かったんだけどさ」 大の大人がシケた面してるからさぁ。 言ってニッと笑う少年の笑みは、ロイの凝った感情を芯から確実に溶かしていった。 胸の真ん中が、とても熱い。 ロイはもう一度エドワードを抱き締める。 「そんなに私はつまらない顔をしていたかね?」 ロイは、この場所でエドワードに見つけられたときの事を尋ねていた。 少年は男の胸の下で、クスクスと堪えきれないように笑う。 「ああ、そりゃもういかにも笑顔を作ってますって感じだったよ。 大佐、演技下手すぎ」 「それはいかんな。きちんとポーカーフェイスが作れなければ、明日からの業務にも差し支えてしまう」 「一体どんな阿呆を相手にしてんだよ……」 言葉の語尾に呆れた空気を感じた。 これにはロイも笑ってしまう。 本当に、何日かぶりの心からの微笑み。 「鋼のは……大きいな」 「は?」 「ナリはこんなに小さいのに、中身はとても大きい器を持っている」 「けんか売ってんのかあんたは!! 小さい言うな!!」 言葉では怒鳴り返して、その腕は再び彼の背中へ。 一瞬額がくすぐったいと思ったのは、ロイがキスをしてきたから。 「ちょっ……こら!」 「少しくらい、良いだろう?」 言い訳が無いっ。そう言いたかったが、すぐに彼の唇は相手のそれに塞がれてしまったので、結局自分の胸に飲み込むことになってしまう。 「………ふっ………」 唇が触れてきたかと思ったら、するりと舌が己の歯茎をなぞり、くすぐったいと思ったとたんに口内へと侵入された。どうして良いかわからなくて逃げようとするのに、相手は確実に自分を捕らえてくる。避けていた己の舌に、ロイのそれが触れた瞬間、エドワードは強烈な眩暈を覚えた。 あとはもう理性など効かない。絡んでくる相手に、拙くも応えようと必至になる。 「はっ………ぁ……」 口の奥まで犯されて、力の入らなくなった体を支えようと、少年は彼の背中に回していた手で衣服をグッと掴んだ。 「……あまりしわを作らないでくれよ、鋼の」 キスの余韻に浸りながらそんなことを言われても、こちらはどうにもならない。 「こ……のぉ、アホ! 誰がそんな風にさせてんだよっ」 「フッ。本当はこの場で押し倒してあげたいくらいなんだが……」 さらっととんでもないことを言ってのけたロイに対し、エドワードはパクパクと口を開閉させるだけで、何も言い返せなかった。 顔が、肢体が、急激に熱くなっていくのが分かる。 それも分かってて不敵な笑みを見せる青年の、なんと憎らしいことか。 「ばっかやろぉぉぉぉ!!」 頬を真っ赤に染めたエドワードの叫びは、夕刻に近づきつつある天上に高く高く響き渡る。 彼の懐で揺れていた一枚の羽も、吹いた風にさらわれて、空のいずこかへと消え去ってしまった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あれから数日後。ネムダ准将の不正の件で事後処理に追われたロイは、「そろそろ落ち着いてきましたから」というホークアイの配慮で久方ぶりに帰宅していた。思った以上に隠し事を持ってくれていた准将のお陰で、いい加減終わるはずの仕事が終りを見せず、ずっと司令部内で泊り込みながらの作業となっていたのだ。 折角の好意をここで無駄にする意味は全くない。 ロイはここぞとばかりに家で休ませてもらうことにした。 本日残業にあけくれているホークアイはというと、明後日からの有給休暇がきちんと用意されているので心配ご無用というわけだ。 ロイが自宅に着いて真っ先に向かったのは一階奥にある自身の研究室だった。 窓のない暗室に足を踏み入れ、発火布を付けた右手で指先を鳴らすと、天上に数え切れないほどの焔が灯る。 もう一度彼が指を鳴らすと、それらに二つ、拳大ほどの蛍火が加えられた。 「これでまた増えてしまったか……」 呟くロイの言葉を聞き留めるものはいない。 聴いて欲しい人は、今はセントラルだ。 いつかまたこの部屋に彼を向かえた時は、その時こそ聞いて欲しい。 この部屋に灯る蛍火の一つ一つが、自分の手で奪ってきた命そのものなのだと。 一人殺すたびに、一つ灯してきた。 赦されぬ罪を忘れてはならないと、自ら課してきた行い。 これらの焔の重みを背負って、自分は前へと進んでいく。 以前、初めてエドワードをこの部屋に迎え入れた時も、その日は上からの任務で人を一人殺めていた。 だから彼も見ていたはずだ。 この手から小さな焔が生み出され、人工の星空に浮かび上がっていったのを。 そしてまた、今日も二つの焔を灯す。自分が見殺しにしてしまった、親子への弔いの意を込めて。 ああ、エドワード・エルリック。君に逢いたいよ―――。 fin. back ***************************** なんとか一区切りつけました。うが――ッ、ちゃんと纏まってるのか不安☆ 長編をまとめるのは苦手なくせに考えることはこんなことばっかり。 ただどうしても書きたかったんです、ロイを護ると決めたエド君と、彼から離れようとする大佐のお姿。もうね、PS2で二人が戦うと知った時から、絶対に書きたかったネタでした。ただそこにアニメ設定を入れてしまったので、使いたい原作ネタが使えなくて、そこが一番痛かったです。いつか他のところでやりたいなぁ。 しかしこうして書いてみると、ま さ に エドロイ小説。ラストはしっかり大佐が攻めてくれたので安心しましたが、今後の身の振り方が怪しいです(爆) ちなみに箱芭の小説は全てこのお話の設定が土台にあります。じゃあ一番に出さないか、自分……(砕) あと題名の直訳を一応、載せておきます。 ・Flame=炎、激情、(俗語で)恋人 ・The Original Sin=原罪 『原罪』には「人間が生まれながらに備えている罪」の事だとありますが、これはキリスト教思想から来たもので、本来の意味としては「罪を許して罰しない」事なのだそうです。 というわけで、題名には『罪を負う焔の人』かつ『罪を赦す恋人』との意味合いを込めてみました。言語に詳しい方で「おや?」と思われた方は緩い目で見てやってください。 2004.03.10 戻 |