5.コート=


≪救済者10の御題≫





 そうか、と気付いたときには遅かった。
 彼の想いも覚悟もどれくらいのものだったか、本人に聞く事はもう叶わないかもしれない。
 それでも望みだけは捨てるまいとまた一つ、アレンは捨てられないものを手に入れることになった。

「あれ? アレン、それどうしたんさ?」
 本部の廊下を食堂に向かって歩いていたら後ろから声をかけられた。
 ブックマンJr.ラビ。
 いつものバンダナはつけておらず、少し長めの赤毛を適当に下ろして近づいてきた仲間に、アレンは笑顔で振り返る。
「やあラビ。何の事です?」
「それそれ。そのコートさ」
 懐かしいなあと言いながらラビが指差して示したのはアレンが今着用しているコートだ。
「それって随分前のタイプのやつじゃねぇ? なんでまだ持ってんだよ」
 ていうか、それお前のじゃないだろ、とまで言ってくる。さすがはブックマンJr.。
 アレンもホウと感心してしまった。
「良く見てますね。そうですよ、これ、僕のじゃないです」
 二世代前の団服をあえて見せるように両腕を広げてアレンは肯定した。
「ジョニーに仕立て直してもらって、僕でも着れる様にしてもらったんです」
「クロス元帥のか?」
「はい」
「ふーん、なんでそれをアレンが着てるんさ?」
「それがほら、あの方舟の戦いの後にファインダーの人たちが調査の為に日本に入ったらしいんですけど、その時に師匠の隠れ家を見つけたそうです。で、これもその場にあったらしいんですよ。リンクを通じて僕のところにきたんで、せっかくだから室内用にでも使わせてもらおうと思って」
「へえ、しかしよっく見つけたなあ」
「そうですね」
 言ってにこりとアレンは笑った。


 日本への調査には中央の意図もあったようだ。
 今は”生死不明”となってしまったクロス・マリアンに関するデータが欲しい。どこかに残っていないかと長期潜伏していた日本へ教団を調査に乗り込ませる。そうは言っても結局彼らにとっての収穫はなく、クロスが居たという形跡しか見つけられなかったようだ。
 彼らのやりそうな事だとアレンは思う。これは監視役として自分についているリンク・ハワード監査官から思いがけなくも入手した情報なので間違いない。
『結局、何もなかったようですがね』
 と言って渡されたのがこのコートだった。


 本当はこれは日本に捨てられるはずだった。
 教団に所属するものが等しく与えられるもの。左肩にはローズクロスを飾り、守るべきものの為に己の命を吹き込んで敵に晒す。
 全てはアクマの破壊の為に、と同時に自身が教団の人間である事を世に示すもの。
 それこそは、天におわします神への従順の証。
 人の為に力を振るい、アクマを破壊し尽くし、この聖戦を勝利に導いてこそ、教団の人間は存在する事を『許される』のだ。もしもこのローズクロスを捨てるようなことがあれば速やかに神への反逆とみなされ、どのような責め苦にあうかも想像に難くない。そんな理不尽な現実を目の当たりにしても、アレンが教団から離れるなんて事は決してないし、考える事もない。何があろうと、ここが己にとっての”ホーム”であり、自身の覚悟もすでに仲間には告げている。
 クロスもきっと同じだ。
 彼だけが持ちうる覚悟の強さで、けれど異なる道を選んだのだ。
 あの方舟の中で再会した時、クロスはすでにこのコートを纏ってはいなかった。
 恐らく最初から捨てる気だったのだろう。
 方舟に乗り込んだ時点で――否、日本に向かうと決まった時点でもしかしたら決めていたのかもしれない。
 全ては己の信念の為に、教団すらも敵に回すのだと。
 だからこそ服従の証であるコートを方舟のあった日本に捨てた。
 うぬぼれかも知れないが、自分がいたからクロスは教団に居続けたのでないかと思う。
 自分がここまで来れたから、師は教団から姿を消したのだ。
 真実を語られ、それでも尚、前に進むと叫んだ自分に。

 師匠は確かに笑っていたから。

 死んだなんて思っていない。
 きっと彼はまだどこかでのうのうと酒でも飲んでいることだろう。
 ただそれが、また自分の与り知らぬ場所に変わっただけだ。
 帰る場所が教団ではなくなっただけだ。
 彼はもう二度とここには帰ってこない。
 ある程度の、それは確信。

 捨てられたはずのローズクロスに込められた想いは確かに重く。

 けれど、これはやはり彼と自分との記憶の一部だから。

「師匠が持てられないんだったら、僕が持っていようと思うんです」

 アレンは満足げに笑みを浮かべて、コートの襟にそっと指を這わせた。








→6.



お題いただきましたvv→Vacant Vacancy




2008.11