=6.背負った十字架=


≪救済者10の御題≫





 己の背に乗せられた十字架を重いと思ったことはあまりない。
 ただ背負うと決めた瞬間から引き返せない事は重々に分かっていて、少し迷う心もなかったわけではないが別の道を選べたとも思えなかった。
 自分は人よりも一つ二つ多くのことを知っているだけ。ただその一つの事が何よりも大きくて見過ごすことも出来ず、結果自らこの背に世界の命運を背負うことを決めた。
 重たかろうがなんであろうがその十字架はこの命が尽きるまで離れることはなく、恐らくはわが血と肉を打ち付けて、いつしか偽りの神の元に掲げられるのだろう。

 それでも良いと決めたのは自分だ。
 その為にはどんな手段も選ばぬと決めたのに。


 何を今更、後悔しているのだ。


「師匠、食事の用意が出来ましたよ」
 部屋の扉を開けて白銀の髪の少年が入ってきた。その肩にはクロスが作ったゴーレムが乗っかっている。大きさはクロスの頭と変わらぬほどだというのに上手く少年の肩に引っかかっているものだ。
「随分と起用になったなティム」
「僕はいいメイワクです。服が全部駄目になります」
 面白そうに茶々を入れるクロスにアレンは頬を膨らませて抗議した。
「それよりさっさと食事を済ませてください。折角のスープが冷めてしまいます」
 へえへえとぼやきながらクロスは椅子から腰を上げると、咥えていた煙草を傍の天窓においていた灰皿に置いた。食事の時には当然のように喫煙はしないが、終わってすぐに吸えるように食堂にもきちんと灰皿と煙草が用意してある。これはクロスが置いたわけではなく、いつの間にかアレンが用意するようになっていた。

 アレンを弟子にしてすでに2年。
 随分と口を利くようにはなったが、まだ本当の”アレン”は見れていないような気がする。
 本人は知らないだろうが、クロスはマナと出会う前のアレンを見ている。
 親に捨てられ、物心ついたときには大人の社会の汚さを知り、周りの人間を蔑む事しか知らなかった寂しい子供。
 自分と初めて会話したときには随分と礼儀正しく、素振りだけを見ればなかなか中流階級の子供でもおかしくないくらいに躾を受けていたが、恐らくはマナが徹底して教えこんだのだろう。
 だがそれ以上に子供のマナに対する尊敬の念がそうさせたのではと考え、あながち間違っていないだろうとも思っている。
 求められる姿を演じるその姿こそ、道化の真髄であると、この子供はいつ気付くだろう。
 そしてその事実を、己が語れる日が来るのだろうか。

(そん時はもしかしたら、ヤバいところまで来てる時かもな……)

 己の命だって今でも危ういのが更に危うくなるかもしれない。
 それは自分の技量がどんなアクマにも引けをとらないとの自負があっても別問題だ。

 願わくば、彼のもっとも大切な時には、この自分の手がアレンにとっての導きとならんことを――。












お題いただきましたvv→Vacant Vacancy




2008.11