=4.止まった時計=


≪救済者10の御題≫





 この時計を手に入れたのはほんの偶然だ。
 アレンがクロスと辿り着いた町でアクマに遭遇し、撃退したまではいいが、住人はほとんどがアクマにされたか殺されていた。それでもどこかに生きている人間がいないかと家主のなくした家々を回っているとき。
『師匠、この家すごいたくさん時計が置いてあります……全部動いてないけど』
 時計屋でもないのに壁一面に時計をかけている家を見つけたアレンは、先を歩くクロスを引き止めた。
 それがどうしたとつまらなそうに振り返るクロスに、気にした風もなくアレンはこの家すごいですねと話を続ける。
 クロスが近づき中を覗けば、なるほど、大小形も様々な時計がいたるところにかけられている。
 最近はアクマ退治ばかりで落ち着くことが少なかったので、アレンも疲れてきたのだろうか。こんなどうでもいいことに無邪気に喜んでいる。
 いや、子供ゆえの好奇心かもしれない。
 とにかくクロスにとってはどうでもいいことなのだが、興味に顔を赤くする弟子を見ているとその場を離れるわけにも行かず、それなら家の中を覗いてみるかと一片のためらいもなく扉を開けた。
『い、良いんですか師匠』
『どうせ誰もいない家だろ』
 確かに屋内はしんと静まり返っている。
 時計の形も丸や四角、六方形だったりと色々で、止まって射している時間もそれぞれに違った。
 どんな物好きかと退屈そうに眺めているクロスにアレンは一つの銀細工を目の前に差し出した。
『師匠、これってなんでしょう』
 円形の厚みのあるそれは螺子らしき金具を押さえると簡単に蓋を開けた。
『これは懐中時計だ。見るのは初めてか?』
 なんとこの時計も針を止めている。この家の人間は時間を示すこれらには何の興味も湧かなかったと言う事なのだろうか。
 ただ時を止めて存在だけを主張する。
(まるで中央の奴らだな)
 果たすべき役割も果たさず、ただ居るだけでまるで価値があるようにわざわざいらぬ主張してくる、クロスの嫌いな彼らのようだ。
 なんて失礼な事を頭の中で考えるなどと、露ほども知らず、へえこれが、とアレンはしげしげと時計を眺めていた。
 どれくらい、そうしていたか。
 アレンはクロスにお願いをしてきた。
『師匠、これ、僕もらったら駄目ですか?』
『は?』
『……ああ、いえ、駄目ですよね』
 ははは、と苦笑いしてアレンがそれを元の場所に戻そうと踵をかえす。
 クロスは考える間もなく待てとアレンを止めた。
『はい?』
『どうしてそれが欲しいんだ』
 至極当たり前の疑問を投げかけると、弟子はああとかううとか声にならない声を漏らす。
 要は言いたくないらしい。
 なので質問を変える。
『この数ある時計の中でお前が欲しいと思ったのはそれなんだな』
『…………はい』
 弱いけれどしっかりとした返事が返ってきたことにクロスは満足する。
『それなら貰っとけ』
『……え?』
『無断で持っていくのがイヤなら適当に金を置いていけ。まあ、どうせここにあっても使われることはないだろうがな』
 本当にそうだ。この町でこれらを使おうなどと思う人間はもういない。
 どうせ生きている人間は皆無だろう。
 それならばと思うのと、アレンが珍しく物欲しそうにしていたから、と後にクロスは述懐していたらしい。
『ただ飾られているよりは、誰かに使われた方がいいだろ』


 この世のものには全てにちゃんとした意味があるからな。





 カチリ。

 針が動き出した。

 長年示さなかった時を射し始めた懐中時計。

 今、アレンの懐にしまわれている。
 ふと取り出して時間を確認する。
 隣に立っていたリンクが珍しいものを見たように覗き込んできた。
「君にしては随分と価値のありそうなものをもっているのですね」
「リンクはこれがどういうものか知ってるの?」
 一つ任務を終えて教団のホームに帰ってきたアレンは、やはり監視を続けているリンクとともに食堂に来ていた。
「それはいわくについて聞いているのですか? 私が行っているのはそれが貴重な銀で出来ているので、君が持っているのには珍しいと思っただけです」
 相変わらず厳しい面だなと思うけれど、それでも最初のときよりは和んできているような気がしている。すでに彼が居る事が当たり前になってきたアレンは、やっぱりと口にした。
「やっぱり僕には似合わないですよね」
 自嘲気味な笑みにリンクは何か感じたのだろうか。そうではないと言い返す。
「違います。君がそういうものに執着する人間とは思っていなかったので、私の観察眼が誤っていたのかと考え直しただけです」
 言われてアレンはぽかんと口を開ける。

 瞬間、思い切り笑ってしまったのは仕方がないと思う。

「何がおかしいんだ君は」
 失礼この上ないと睨んでくる相手に申し訳ないと手を合わせて謝罪した。
「ごめんごめん、だって、貴方の言ってることは間違ってないから」
 はて、と首を傾げる監視者にアレンは種明かしをする。
「僕、本当に”もの”に対しての執着ってないんですよ。これだけです。師匠にお願いして拝借してきたのは」
『拝借』という言葉に引っかかりを覚えたリンクだが、すでにアレンとのやりとりに慣れた彼はそれ以上に突っ込むのはやめることにした。
「師匠とは……クロス元帥のことですよね」
「うん、そう。本当に、自分のものであれこれお願いしたことはほとんどなかったけど、これだけは欲しくてお願いしてみたんです。そしたらオッケーが出たから自分の方が吃驚した。忘れられないなあ」
「そうですか……」
「実はこれ、最近まで止まってたんです」
「部品が壊れたのか」
「そうだったみたいですね」
「そうだった、とは」
「僕がこれを手に入れたときにはすでに止まっていたので」
「は?」
「別に時間は関係なかったから。ただ、コレが欲しかっただけなんで」
「…………」
「でもこの前、技師の人にお願いして直してもらったんです。ちょっとした願掛けのつもりで」
 いつまで動くかな、これ。
 呟いてアレンが閉じた銀細工に目を向けて、リンクは、ああなるほど、と妙に納得してしまった。


 その手の中の懐中時計の蓋には大きく鮮やかに、ルビーサファイアが嵌め込まれていた。







→5




お題いただきましたvv→Vacant Vacancy




2008.10.30