|
=4.愛する人=
≪救済者10の御題≫ 傍に居てください。 傍に居てください。 何もいりませんから。 本当です。 ただ横でワイングラスを片手にボンヤリとしていたらいい。 僕は貴方の空腹を満たすために貴方の好きなものを用意する。 思っていたよりも時間がかかって少しご機嫌斜めな貴方に。 とびきりの笑顔でごまかしながら、その前に料理を並べる。 僕はちゃんと知ってる。 僕が幸せな時は、貴方も同じように幸せに感じてくれていたことを。 アクマと戦う中でも、そんな変哲もない普通の幸せを感じる瞬間があったんです。 だから……。 「もうどこにも行かないでください」 目の前の男に僕は恨みがましく睨みを利かせた。 「俺はいつからお前のものになったんだ? あ?」 なのにこの人は全くもって反省の色というものを見せなくて、やっぱり今も片手にワイングラス。 もう片方はソファの背に置いたまま。 ここが教団でなければどこかの愛人がそこにいるはず。 僕の居場所ではない事くらい……。 「そうですよね――僕の意見なんか師匠には関係ないんでしたよね」 本当は煮えくり返るくらいの怒りが胸の中に渦巻いているけれど、極力顔には出さないように努力する。 面に出したところで結局は流されるのがオチだから。 フン、と鼻で笑うと空いている手の方で僕を手招きする。少し距離を置いていたので警戒しながら近づけば、案の定腰を掴まれて引き寄せられた。 抵抗する間もなく僕は師匠に捕まる。一分の隙間もなく密接する師匠の胸に僕は腕を回した。 肩から流れる赤毛の髪が鼻先に当たってくすぐったい。シャンプーで流したあとのいい香りが全身に伝わって体温が上がったようだ。 ああ、間違いなく僕の師匠だ。 「師匠」 「リナリーにも言ったが、お前も随分と表情が変わるようになったな」 「何の話ですか。第一、僕そんなに無表情だった覚えは」 「そういう事を言ってんじゃねえよ」 やっぱり馬鹿弟子だな。 ニヒルな笑いも何も変わらない。 この人は僕だけのものにはならないけれど、僕はこの人の只一人の弟子だから。 これしか僕と師匠を繋ぎとめておけるものが今はないんだ。 「そうですよ、僕は師匠だけの馬鹿弟子です」 言うと、師匠はほとんど見せたことのない優しい笑みで額のペンタクルにキスをくれた。この行為をされた時が僕が一番安心できる時だときっと師匠は知っている。 師匠。 師匠――。 「アレン」 名を呼ばれて、ぎゅっと腕に力を込めた。 「師匠、お願いがあります」 拒否されるかもしれないけど、これしか今の僕にはないから。 僕以外に弟子を取らないでください。 ちゃんと言えたのかな。なんだか声が震えていた気がする。 横でコトリと音が聞こえた。 俯く僕の頭をなでてくれるのは間違いなく師匠だ。 ちらりと顔を上げるとサイドテーブルに置かれたワイングラスが視界に写る。 「何を不安がっているのかと思えば」 「だって」 「二度と弟子なんぞ取るものか」 「本当ですか」 「もうお前だけで疲れた」 「……ああ、ソウデスカ」 そう言う事なのかと急降下した僕の気持ちは、けれどすぐに浮上する。 「それを俺に要求するんなら、お前も別の奴を師匠になんかするんじゃねえぞ」 お前の師は俺だけだからな。 一瞬、間が空いて何のことかとじっと師匠の目を見つめる。 「えっと……」 「お前の師は俺だけにしておけと言ったんだ。他の奴に付いてみろ。掻っ攫いに行くからな」 言葉の意味を飲み込むまでに多少時間がかかったのは仕方がないと思う。 はい、と返事をしたかったのに、しゃくり上げる喉に声にならない。 頬を冷たいものが流れて落ちる。 「ししょ……うっ、く……」 「おいおい、今日はアルコールは取ってないだろ。泣くなよ」 なんでそこでアルコールが関係してくるのかは分からなかった。 でもそんな事はどうでもいい。 涙で師匠の服が濡れていくけれど何も言われないので、存分に泣かせてもらう事にした。 白色の髪を梳いてくれる師匠の手がなんて大きいんだろう。 僕だけの師匠だ。 今はそれだけで全てが満たされたと思った。 →4 お題いただきましたvv→Vacant Vacancy 2008.10.30 戻 |