=スキのカタチ=








 さて、この様相をどうあしらったら良いものか。
「この馬鹿弟子が……」
 愛人の下に通って三日目、今日は相手の都合もあり食事だけを共にしてまだ日付も変わらぬ時刻にアパートに戻ってきた。
 どうせ弟子のアレンはすでに寝ていることだろうと扉を開けると、そこにはロウソクの火もそのままにソファで横になるその子供がいる。服はというとアレンが着ていたであろうシャツとハーフパンツは床に投げ出されており、彼が身につけているのはクロスのシャツに間違いない。自分ごとそれを抱きしめるように丸くなって眠り込む弟子の姿に、瞬間蹴りこまなかったのは誰か褒めて欲しいくらいだ。
 テーブルには食事の後の空き皿もそのまま。つまり、クロスが帰ってくるという前提で部屋を片付け、酒を用意しておくよう躾けておいたのも今日は無効というわけだ。
「……殺す」
 本人が起きていれば泣いてゴメンナサイと叫ぶくらいに殺気を放つクロスだったが、寝ている相手にはどうしようもない。
 アレンと共に留守番をしていたクロスの専用ゴーレム、ティムキャンピーがクロスの気配に気付いてパタパタと近づいてきた。
「おい、ティム、コレはどう言う事だ?」
 問われてティムは僅かに躊躇ったがそれまでの”映像”を映し出す。

 そこに写っているのは、クロスが愛人から頂戴したお菓子をくすねる弟子の姿。
 しかもそれは甘いものをあまり得意としないクロスが好む、数少ないお菓子の一つ、ブランデーケーキだ。
「腹が空きすぎたあまりに人のもんに手え出したか……」
 やはりコロス。
 かなり物騒なことを考えたクロスはこの時は真剣に己の本分を放棄しようかとすら考えた。アレンの眠るソファに近づくとそのすぐ傍にお菓子のくずと空っぽになった紙箱が見えた。
 部屋の汚さ。
 食い意地の張り方。
 怠惰な弟子の姿。
 どれもこれもクロスの一番嫌いなものだ。
「いい加減に起きやがれこの馬鹿弟子っ!!」
 クロスは今度こそ本当に、眠り込むアレンを蹴り上げた。


「うごっ」
 見事に腹に入った蹴りの衝撃にさすがに目を覚ましたアレンは奇妙な声を上げて部屋の端まで吹き飛ばされる。
「いっ……」
 痛いといいたいのに声にならない。
 何が起きたのかとお腹をさすりながら涙目で瞼を開けるとロウソクの明かりを逆光に聳え立つ師の姿。
「え、あ、ししょお……?」
 頭がぼんやりしている所為で考えがまとまらないのだが、どうやら帰ってくるとは思っていなかったクロスが帰ってきたらしい。

 この三日間もやはり愛人のところに行くといってアレンをアパートに一人残し出て行ってしまった。幸い、近頃は随分と懐いてくれたティムキャンピーを置いていってくれるので、最初の頃のように寂しいと思うことはあまりなくなった。
 しかし、ふと思い立ってしまうとどうしようもなくなるのは、まだ10代の子供としては仕方がないのではないだろうか。
”寂しい”と思い始めると今度はそれをどうにかして解消しようと脳から身体に指令が行くようで、いつもならある程度我慢できる空腹と言う状況がどうしても我慢できなくなった。しかし今日の分の食事は終えてしまって残っていないし、かといって買い置きしてある食材に手を出すとクロスが帰ってくるまでに餓死するかもしれない。
 仕方がないのでここは賭博で稼いでくるかと諦めかけていた時、はっと思い出したことがあって、これぞまさに天の声と躊躇う気持ちは微塵もなかった。
「たしか師匠がいただいてきたお菓子がこの辺に……あった!」
 台所の棚の一番上の最奥に『盗るんじゃねえぞ』と念押しまでされてしまわれていた菓子箱がそこにあった。当然アレンの身長では届かないので椅子を持って来てそれでもぎりぎりのところを腕を伸ばしてなんとか引きずり出す。
「よしっ」
 宝石を目にしたような輝く瞳で獲物を捕らえた少年はすぐさまリビングに戻ると、箱の包み紙を空けて中身を確認する。
「あれ、これケーキだ。四日以上は経ってるけど大丈夫なのかなぁ」
 なあティムと尋ねるが応えるはずもない。それどころか焦ったようにアレンの周りを飛び回る。クロスが居ない間に勝手な事をしてしまい、そちらの方が心配なようだ。
「ううっ、それは確かに心配だけど」
 でもいつも留守にする師匠も悪い。
 いつもはそんな事を思わないアレンも何故かこのときばかりは意固地になっていたと言っていい。

 師匠はいつもずるい。
 自分だけ女の人のところに行って、僕一人をほったらかしにする。
 生活費の事を差し引いたって絶対僕のほうが損してる気がするんだ。
 師匠を送り出したときよりも、帰ってきたのを迎えるときのほうが嫌いだ。
 だって、その時は師匠の香水の匂いよりも、愛人さんの化粧の移り香の方が強いから。

 僕だって、もっと普通の時間を、師匠と一緒に過ごしたいのに。

 それがアレンの偽らざる本音。
 もっというなら自分の事をもっと見て欲しいとさえ思う。
 だって自分にアクマのこと、アクマとの戦い方を教えてくれるときのクロスは、他の誰でもない、アレンただ一人を見てくれていると分かるから。
「ふーんだ、バカ師匠」
 だからこれはちょっとした仕返し。
 そんな軽い気持ちだったのに。

 どこでどう間違ったのかな。
「覚悟は出来てんだろうな、え? 馬鹿弟子」
 アレンの胸倉を掴んで立ち上がらせると、今年最高潮に機嫌の悪いクロスの左目がアレンを睨んだ。
 今は叱られていて、それに当然の事をして、自分も謝らないといけないはずなのに、全くそんな気分にならないのはどうしてだろう。
「師匠が悪いんです……」
「ああ?」
「いっつも僕を一人にするからですよ」
 アレンは怯えるでもなくただ真っ直ぐにクロスの瞳を見つめた。
 知っている。
 アクマと対峙するクロスの瞳は対アクマ武器の光に反射して、夕日のように真っ赤に燃え上がるのだ。

 多少でも寂しさを紛らわせるようにと身に纏ったクロスのシャツの裾をぎゅっと握って、アレンは怖じることなくクロスを見つめた。
「僕だって……もっと師匠と……」
 この時クロスが避けれなかったのは仕方がなかったといっていいだろう。
 まずは予想外な弟子の言動、そして行動。
 アレンがクロスの首にしがみつき、躊躇うことなく己の唇をクロスのそれに重ねてきたのだ。












→2.





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修行時代に裏なことはまだしてない前提なのですが☆キスはしまくる。
アレンの修行時代は、クロスにとってもいろんな意味で修行時代。



2008.9.27