=鬼火のゆく坂=

魂に背負うもの


7.







 ねねという存在が時折疎ましかったのは確かだ。

 彼女は秀吉からの愛を一身に受け、

 彼の想いすら独占した。

 女性はそれだで生きていけるかもしれない。

 だが己には他になすべき事があり、そのような事に気をとられている時間もなく。

 だから気付いたときにはどうにもならなかった。

『なあ、あんたさ、ちょっとだけねねに似てるよな?』

 あの時の衝撃が今でも忘れられないなんて。

 この時ほど全てを恨みたくなった時はなかったよ。

 君にとって僕はたったそれだけの存在か。

『誰か』の代わりでしか、ありえないのか……。




 ここはどこだろう。
 やたらと目蓋が重い。
 随分とだるい身体を横たえているのは分かるが、なぜ自分が寝てしまっていたのかが漸う思い出せない。
 軽く目を開けて周囲を見回して分かるのは、暗闇の中に灯る行灯の明かりに照らされて浮かび上がっている、ここ数日で見慣れた天井模様。
(ああ、伊達の邸か―――)
 そういえば、とあるところから意識が途切れている事を徐々に自覚し始める。
(もしかして、僕は倒れたのか?)
 だとしたらなんてみっともない姿を晒したんだろう。
 情けない。
 けれどあの時がすでに限界だった。
 心理的衝撃をこの二、三日の内に立て続けに受けていたものだから、最後には身体に影響を与えてしまったのだと思う。

 あの処刑を終えるまでは良かった。
 全身を巡らせた緊張感が己を支え続け、さて一つ終わって帰ろうかと振り向いた時に、前田慶次の姿が消えていた。
 どこへ行ったのだろうと近くの兵に聞いてみても分からないと言う。
 邸に帰ったのかと思い、戻ってみても彼の姿はそこになく。

 また、居なくなる。

 そう思ってからの意識がない。
「……無様だな」
 誰にも聞かれることのない独り言と自覚して呟いた一言に、そんなことねぇよ、と返事が返ってきた。
 はて、と思い首を横に回すと。
「慶次……君」
 おう、と抑揚のない返事が薄闇の中から返ってきた。
 部屋の端に居たようでずずっとこちらに近づいてくると、随分とうな垂れた様子で姿を現した。
 行灯の灯りの所為か、いつにもまして覇気がない。
「どうした……そんな……情けない顔をして……」
 半兵衛は片手を持ち上げて、慶次の頬に触れる。
 己に触れてきたその腕を掴み、大の男が今にも泣きそうな顔を見せた。
「はんべえ、死ぬなよ」
 ぴくりと思わず反応してしまった。
 まさか彼からそんな台詞が聞けるとは思っていなかったから、しげしげと相手の顔を見つめてしまったのは仕方がない。
「どうしたんだい、慶次君。君がそんな事を言うなんて」
 今更、と思うのだ。
 お互いを思い合うなんて、そんな近しい間柄はすでに断ち切ったはずだろうに。
「どうしてなんて訊くな。俺があんたの心配しちゃいけないのか?」
 半兵衛には答えられなかった。
 どうしてなんて。
 そんな事。
 今更そんな事言ってくるなんて。
 ああ、なんて卑怯な男なんだろう。
 今自分は本当に弱っているのだ。
 そしてこの部屋に居るのは自分と、彼だけ。
 だから本音の欠片でも口に乗せてしまったのは己の意志が弱い為ではない。

「いや……嬉しいよ」

 力のない声で、それでも伝えてやると、目の前の美丈夫は心底嬉しそうに笑って見せたのだった。









→8

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短くても大事な時間。