=鬼火のゆく坂=

魂に背負うもの


8.







 目は覚ました半兵衛ではあるが、どうにも体がだるくていけない、と次の日も一日中布団の中で過ごす事にした。
 その間傍には常に慶次が身を置いていた。
 食事も部屋に運ばせ、ずっと何をするでもなく夢吉と戯れている。
 どこか遊びに行ってきたらどうかと言っても否ここに居ると言う事を聞かない。
 何が心配なのかと問うと、ただ傍に居たいだけだというのだ。
「もう僕は女物なんか身に着けてないよ」
「誰がそんな話してんだよ。ただあんたの横に居たいだけだ」
「……そう」
 それ以上に答えようがなくて、半兵衛は今日幾度目かの眠気を覚え、またその事につまらないなと思いながらも素直に目蓋を閉じるのだった。

 半兵衛が再び眠りに付いた。
 それを慶次はずっと見つめている。
 ただ身動ぎもせずずっと横たわる軍師を見つめていると、部屋の外より己を呼ぶ声が聞こえた。邸の主、伊達政宗が呼んでいるというのだ。使いのものが言うには半兵衛か慶次のどちらでも良いという。
 わずか逡巡して、分かった、前田慶次が今から行くぜ、と伝えると畏まりましたと了解の意が聞こえた。
「ちょいと行ってくるよ、半兵衛」
 眠りについた彼にそう告げて、慶次は奥の間に足を向けた。

 ここ奥州を訪れて幾度目かの政宗の部屋であった。
 小十郎は傍にはおらず、意外と一緒に居ないものなんだな、と率直に思ったことを口にすると当たり前だと呆れたように返されてしまった。
「俺には俺の、あいつにはあいつのやるべきことがちゃんとある。ただ、戦場ということになれば話は別だ。俺の背を預けられる奴は小十郎しかいねぇ」
「そうかい。で、話があるんじゃないのかい?」
 できたら早めに部屋に帰りたいと言う慶次の顔を政宗はじっと見ながら感心したように呟いた。
「……そんなに竹中半兵衛の事が心配かい? 前田慶次さんよ」
「そんなんじゃないさ」
「Ha! そりゃ心配してるって言わずになんて言うんだ」
「何って……」
「いい加減その辺で認めとけよ」
 でなきゃまた失敗するぜ。
 政宗の一言が思いのほか慶次の胸を貫いた。
「失敗……するか」
「そんなに気になる相手なのに不用意な一言で傷つけてるんだったら失敗以外のなにもんでもねぇだろ」
「……だから! さっさと用件を言えって! なんで俺の人生相談になってんだ」
 Haha! 確かにそうだと気持ちのよい大きさの声で笑うと横に用意してと思しき風呂敷を慶次を前に差し出してきた。
「なんだこれ?」
「遺骨だ」
「!……まさかあの賊の?」
「Great! そうだ、あの3人の遺体は焼いてやったぜ。あの軍師さんの御要望でな」
「あんた、そんなことして良いのかい? そんな罪人のものなんか触れちまって、縁起でもねぇ」
 実際処刑された罪人の遺体は数日村民に晒された後人目の付かぬところに打ち捨てられているはずだった。
 そもそも罪を犯したから処刑されたのだ。どこに彼らを弔ってやる義理がある。
「仕方ねぇ。あの竹中がどうしても彼らの望郷へ帰してやりたいと言って来たんだ。小十郎にも示しがつかねぇと言われたがな。今回ばかりはこっちが借りを作っちまった。だから、これで帳消しだ」
 伊達の依頼による盗賊討伐。
 そして先日の処刑時に見せた豊臣の軍師の采配。
 それぞれが政宗を感心させるに十分な働きであったと言い、これはその恩賞であるというのだ。
 そのような事を半兵衛が頼んでいたとは知らず、少なからず驚いた慶次は、それでも半兵衛らしいと笑って風呂敷を受け取った。
「あい分かった。ありがたく頂戴するぜ」
「ああ。ところで竹中の具合はどんなところだ?」
「寝たり起きたりだな。やっぱり動きすぎると体への負担が大きいらしい」
「……体壊してるな」
「ああ、胸を患ってるよ」
 そうか、と納得したように頷く政宗はきっとどこかで気付いていたのだろう。
 刹那重みを増した空気が部屋に漂うが、それも従者の帰還にすぐに立ち消えた。
 障子が開くとそこから小十郎が姿を現す。
「政宗様、ただいま戻りました」
「おう、すまなかったな」
「いえ、先に伝達を出しておりましたので用意はできていたようです」
「そうか」
 これはあんたらの御要望の品だぜ、と先ほどの遺骨の横にその何倍もの容量のある包みが差し出された。
「な、なんだいこれ!?」
「あんたらが最初にこれを用意しろって言ってきたんじゃねぇか」
「ま、まさか笹かまぼこ!?」
「とその他奥州にある菓子等々だな」
 豊臣もあれやこれや頼んでくるから大変だったぜ、と心底うんざりな顔を見せる政宗に、申し訳なさ過ぎて慶次は本当に返す言葉が見つけられなかった。

 さて用件も終わり部屋に戻るぜと少々焦ったように立ち上がった慶次だが、おや、もう言ってしまうのかい、と廊下から聞こえてきた声に動きを止めた。
「半兵衛?」
「こんな格好で申し訳ないが、お邪魔しても良いかな?」
 小十郎とは反対側の襖戸が開き、今度は半兵衛が姿を見せた。
 着物は白の寝着をそのままにここまで来たらしい。
 本来ならきちんと着替えなおすべきだろうが、恐らく戻ってまた横になるつもりなのだろう。何しにきたんだと問う政宗に、荷を確認しに来たんだよ、と半兵衛は告げた。
 音を立てず部屋に足を踏み入れると慶次の横に座り、それぞれの包みを手に取り重さを確認するような仕草を見せた。
「……随分と世話になってしまったね。すまなかった。この竹中半兵衛、礼を言う」
 彼の言う『礼』とは遺骨の事に他ならないと部屋に居る三人には分かっていた。
「No Problem. ただ分かってくれてるんだろうな」
「ああ。これで綺麗に貸し借り無しと言う事だね」
「Yes」
 了解した、と答えた半兵衛はところでと別に話を切り出した。
「ここに足の良い飛脚はいるかい?」
 なんの話だとも思ったが、Humと鼻で笑って政宗は当然だと言う。
「うちをなめんなよ。そんじょそこらの飛脚とは足の鍛え方が違うぜ」
「では頼みたい仕事がある」
 この荷を大阪まで届けてほしい、と目の前の豊臣への土産だけを持ち上げてこの軍師は言うではないか。
「なんでまた……あんたらの足で持ち帰っても日は持つぜ」
「いや、僕らはすぐ城には帰らない」
「「は?」」
 ここで声を重ねたのは慶次と政宗である。小十郎がなにかと考えるように黙り込んでいた。
「え!? 半兵衛、大阪に帰らないのか?」
「ああ。もう少し国の内情を見る必要があると思ってね。まあ行ってみたいところもあるし、ちょうど良いだろ? それとも何かい、僕との旅は面倒だとでも?」
 これは端から慶次が同行する前提で話を進めている。
 あっけに取られる慶次を横目に筆頭は声も高らかに笑い出した。
「Hahha!! こりゃいい! 花街の歌舞伎者野郎も天下の軍師には頭が上がらねぇな」
「ちょっとあんた笑いすぎだ」
「そうだよ、政宗君。彼が僕の従者代わりなのは分かってた事じゃないか」
「えっ、俺って半兵衛の使いっ走り!?」
「それ以外に何があるんだい」
 だいたい君は行く先々に厄介ごとに首を突っ込もうとするじゃないか、と言い切られてしまった。
 酷い酷いと慶次がいくら口で言っても半兵衛から返ってくるのは蔑みを込めた視線である。
「煩いよ。もう僕は決めたんだから」
「はんべえー」
「と に か く。 暫くは僕の旅についてきてよ」
 花街に遊びに行く時間なんてないからね!
 ぎらりとどこか冷気を含んだ物言いに慶次は凍りつき、哀れなりと伊達の主従はこの歌舞伎者に同情の眼差しを送った。



 半兵衛の容態も随分と軽くなったのは倒れてより2日後の事だった。
 旅支度は慶次と、手伝いに来た邸の女たちとで終わっておりすでに出立するだけとなったのは日も高く上った頃。
「それでは政宗君、世話になった」
 荷を携えた慶次と半兵衛を、政宗と小十郎の二人で邸の前まで身送るという。
 戦場で見た洋装ではなく、他の侍たちと同じ旅装束に身を包んだ半兵衛は二人に向かって一礼する。
「もう来るんじゃねぇよ。土産だけもってとっとと帰んな」
「酷いな。そんな物言いじゃ僕達がここで何かしでかしたみたいじゃないか」
「冗談じゃねえよ。あんたがいるだけでこの辺が騒がしくなるんだぜ!」
「は?」
 何のことだと半兵衛は横に立つ慶次に説明を求める視線を投げた。
 事情を把握している様子の慶次は奥歯に物が挟まったように半兵衛に返答する。
「あー、とな、実はお前の評判を聞きつけた村の女達が、なんていうか、邸まで押しかけてきたって言う……」
「…………それっていつの話だい?」
「半兵衛が寝込んでる間の話さ」
 なんだか違う意味で頭痛がしてきた。
「〜〜〜奥州筆頭、伊達政宗君! 君たちはそんなに暇なのかっ!」
「Ha! 言ってくれるなよ優男さん! どっかの城で安穏と”余生”を過ごす殿様と俺たちとじゃ全然違うんだぜ」
「貴様! 今秀吉を侮辱しただろう!!」
「てめえこそこの奥州を馬鹿にすんなよ!!」
 一触即発。
 睨みあう二人の間に、あーはいはい、と随分のんびりした間合いが間に入ってきたため、興はすぐに削がれてしまった。
「邪魔をしないでよ、慶次君」
「いやあ、だってこのまま行くと二人とも刀抜くでしょ」
「無論だ」
「Of course!」
 一体この二人、いつからこんなに仲良くなったのだろう。
「小十郎も困ってるよ」
 そういわれてしまうと、ぐっと政宗は堪える顔をした。
「確かに、そろそろものの勢いで刀を抜く性分はどうにかなさいませんとな」
「うるせえよ」
 ぷいと筆頭が顔を背けたとき、遠くより訊きなれた地響きを耳にした。

「……馬?」

 半兵衛が声に出すまでもなくそこにいた皆が思って音のする方向を見てみると、なにやら大きな砂嵐が起きている模様。
 馬の駆ける音と共に掛け声も聞こえてくるような気もするのだが……。
「あれって……虎の若子じゃないか」
 遠くともはっきり聞こえる「政宗殿ぉ―――っ」という叫び声は、間違いなく甲斐の重臣、真田幸村である。
「Year!! きやがったな、真田幸村ぁっ」
 今日こそは決着の時! 幸村が馬上より槍を振り回しながら、それを防ごうとする伊達の兵士を軽々となぎ倒していく。
「いかんっ、このままではまた戦力が落ちてしまう。おい、お前ら! うかつに近づくなよ! 死ぬぞ!」
「政宗殿ぉー!」
「来いよ真田幸村! 今度こそ最っ高のPartyにしてやるぜ!!」
 がきぃぃぃん。
 刃のぶつかる音が邸のまん前で響き始めた。
 それを見ていた片倉小十郎と半兵衛は互いを見合わせ、ふっと軽くため息をついたのだった。
 いいねぇ、楽しそうだねぇ、などと先ほどは政宗と半兵衛を止めたはずの慶次に関しては完全に野次馬と化し、半兵衛が引きずり出すまで二人の血統を観戦しようとしていたのだから始末に終えない。
「それでは小十郎君、失礼するよ」
「うむ。道中気をつけてな」
「ありがとう。では」
 ほら行くよ前田慶次!
 なんでぇもうちょっと見ていこうぜと駄々をこねる大男の後頭部に、半兵衛は容赦なく拳を一つかました。
 そこに既視感を覚え、違う意味で眩暈を覚える天才軍師、竹中半兵衛だった。









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慶次って分かりやすすぎて、捕らえにくいお人です。
だから話が進まないんだなぁ。
次は瀬戸内に向かいます。チカナリ大好きですvv