=鬼火のゆく坂=

魂に背負うもの


6.







 賊の処刑は捕らえてから数えて、三日後の正午だと政宗より告げられた。
 申し開きなど出来ようはずもなく、怪我を負ったという女も立ち合い「間違いなくこの者たちだ」との証言により男共三人は打首の刑と決まったのである。
 武家の娘に手を出したのだ。これで命ばかりはなどと言える世ではない。
 刑までの流れを説明され、処刑場に来るかと問われた半兵衛は無論と二つ返事で返した。
「僕がここで見届けなくてどうするんだい」
 一片の動揺も見せずこちらを見るそれは、間違いなく一国の軍師のものであり、これを目の当たりにした政宗は心から感嘆したのだった。



「なんて暑いのかねぇ」
 これじゃ普通の人でも倒れちまいそうだよ。
 慶次は片手を掲げて空を見上げながら思わず呟いていた。
 そこは村より少し下った先にある河原で昔から処刑に使われている場所だと小十郎より聞いた。すでに村中の者達が今か今かと柵の向こう側で待ち構えている。政宗が戦場で見せていた鎧を身に纏い小十郎を連れて姿を現すと、その後に続くように三人の捕らえられた賊が手に縄を掛けられて伊達の兵に引かれながら処刑場に入っていく。
 この賊野郎が!
 なんて恐ろしいのかしら!
 さっさと死んじまえ!
 村人達からの罵声に慶次は思い切り眉を顰めた。
(これじゃ戦場と全然変わんねぇよ……)
 戦は侍だけがすればいい。慶次はいつもそう思うがその戦を起こすのは結局人の心であり、それは誰にでもある感情なのだろう。ただ行動を起こせるか否かの違いだ。正直刑を受ける彼らに対し、打首にまでする必要はないのではないかと思っている。恐らく裁きを下すのが前田慶次ならばそれこそ内緒で逃がす算段をするかもしれない。
 けれど人には体面というものがあり、それはこの世において絶対とも言える。
(くだらねぇ)
 こいつらが死んだら泣くやつだって居るのによ。
 けれども自分だって分かっていながら何百という人を傷つけてきた戦国武者だ。己の手には自分の命以上に重いものがのしかかっているのを、泰平に治まった世になってからは特に感じていた。
 この手にかかったもので命を落としたものはいないのだろうか。
 戦の後の後味の悪さを感じない時は一度としてなかったが、それでも向けられた刃には刃で返す。
 守りたいものがあるならそれは尚更の事。
 すでにこの命は修羅の魂と化した。
「本当に裁かれるべきは誰なんだろうねぇ」
「それこそくだらない感傷だよ」
 半兵衛、と慶次は政宗たちより少し遅れて現れた軍師の名を呼ぶ。
 少々驚いたのは仮面こそつけてはいないが、彼が戦時中。身に纏っていた白地に蒼が基調の軍服で姿を見せたからだ。
 それはこの有事に豊臣が関わっている事を世間にあえて知らせるようなものである。たとえ農民であれど、それくらいの事は分かるし、人の醜聞とはなんとも不思議な事にどこまでも広がるものだ。
 分かっていてそれでも半兵衛は豊臣の人間としてこの処刑場に訪れた。不始末を犯した部下の最後を見届けるために。
 気持ちがすでにその事で占められていた慶次に、半兵衛は先の続きを告げた。
 前田慶次は未だにそんな感傷を持ち合わせているのか、と。
「君の考えてる事くらい分かりすぎるくらい分かるよ。それこそ滑稽だ。君は自分の足場をすっかり消してしまうつもりかい?」
 くだらない。
 何気なく漏らされた一言のなのに、なんだか投げやりに吐き出されたように慶次には聞こえた。
 そこには半兵衛のどのような思いが込められていたのか、慶次にはあまりよく分からなかった。



 政宗の脇に控えていた武者が三人の罪状を読み上げる。
 うな垂れて聞いているのかも分からない男達の見つめるものは何であったか。
 政宗の胸中にはなんとも空しいものが込み上げてきた。
 これが敗者だ。敗者の姿だ。
 間違っても自軍をこのような無様な格好にだけはさせたくない。
 己の民にもこんな惨めな思いをさせたくない。
 もう二度と……。
 なんとも苦い思いをかみ締めていると、豊臣の軍師が己の横まで近づいてきた。
「あんたから何か言ってやるかい? これが最後だぜ」
 少々皮肉めいていたのは政宗にも重々分かっていた。それでも言わずに居られなかったのは自分が『敗者』であり、彼が『勝者』だからだ。
 返事は返ってこなかったがわずかに顔をしかめさせて、半兵衛は死刑囚に向かって歩き出すとあとわずか五歩というところで立ち止まった。
 近づいてくる砂利を踏みしめる音に何がと顔を上げた男達は、目の前の見慣れた洋装に互いが驚愕の顔を見合わせる。
「あ……あ……」
 信じられないと濁った目を見開き、一様に口を開いたままその人を凝視する。
「すでに畜生に堕ち、言葉も失ったか」
「は、半兵衛様!!」
 まるでそれは死出に向かう以上の絶望だ。すでに色を失っていたはずの顔色が更に色を失わせる。
「な、何ゆえここに!」
「たまたまだよ。まさか僕の育てた兵が犯人だったとは。まったくもって失望したよ」
 ああとそれまでうな垂れていた男達は男泣きに泣き出した。
「も、申し訳……っ」
「殿になんとお詫びをっ」
 みっともないほどの泣き言に半兵衛はただ冷めた目を向けるだけだった。
「詫びなど要らない。君たちは君たち自身において償うんだ。それ以外に何がある」
「半兵衛様……」
「僕はもう君たちなど知らない。今後顔を会わせる事もないし、君たちの名を聞くこともないだろうからね」
「は……」
 灼熱の陽が降り注ぐのに彼らの涙は枯れることがなかった。流れ続ける雫が膝に落ち、砂利にしみこみ、土へと還る。
 まだ残っていた豊臣兵としての誇りが、いつまでも彼らの涙を留められずに居る。
 ふっ、と頭上からため息ともとれる吐息が聞こえた。
 まあでも―――。
 はっとして男達は半兵衛の顔をじっと見つめた。
 半兵衛も同じように彼らの目を真っ直ぐ見返す。

「君たちが今再び秀吉の下に戻りたいと願うならば願うがいい。
 仏教では死して49日の後に再び生を受けるという。君たちが願い、秀吉も君たちの帰還を願うならば、もしかしたら次の世でまた出会えるかもしれない。
 秀吉は僕よりも慈悲深い人間だからね」


 願うなら願え。


 そうして我の下へ戻って来い。


 それこそ慈悲だ。
 半兵衛は今から“殺される”人間に、次の世の希望を与えたのだ。かつて武者だったものへのこれ以上ないほどの手向け。
 死してなお戻って来いという。
 部下の犯した罪すら豊臣は背負おうというのか。
 そこに慶次は半兵衛の覚悟を見た。
 たとえどこにあっても半兵衛はまごう事なき豊臣の大将なのである。常に彼の背には秀吉の存在がある。
 あっぱれと思いつつ、面白くない、と慶次は小さく呟いた。


 刑が執行される前に一人場を離れた慶次はぶらりぶらりと川下の河原を歩いていた。
 と、そこに急ぎ戻られたしと連呼する伊達の兵に呼び止められる。
 どうしたと要件を聞き事情を理解した時の慶次の様相がまるで鬼のようだったと、伝達に駆けて来た兵は後に政宗に述懐する。

 処刑が終わり皆で邸に戻った途端、半兵衛が崩れ倒れたというのだった。









→7

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これを読んだ友人が「初めて半兵衛をかっこいいと思った」と言ってくれました。
最高の褒め言葉です。ありがとう!