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=鬼火のゆく坂= 魂に背負うもの 2. 要らぬ客が来てしまった。 めんどくせぇ、と内心呟いて、さて邸に戻ったものかどうかと迷っていると遠くから女の子の声が聞こえてきた。 片目のお侍さーんと叫んでいるから間違いなく自分に向けて発せられた声である。 声の聞こえた方向を見ると、身の丈より縦も横も大きな石鎚を引きずって一人の少女が駆けてきているではないか。 そんな重たいものをといつも思うのだが、あえて本人には口にしない。 自分の目の前まで来ると、今日の見回り終っただよ! と嬉しげに報告してくれる。 「こんなにしてもらっちまって悪いな、いつき。お前んとこの村は空けて大丈夫なのか?」 「問題ねぇべ。今はあの魔王さんもおらんくなったでねぇか。おら、お侍さんに返さなきゃなんねぇ恩があるだよ。それを返させてもらってんだべ」 からからと笑いながら話す少女はいつきと言った。この奥州よりも更に北にある村で、一人日の本の平和を願い天下統一に参戦した兵<つわもの>である。彼女が京に上る際、この奥州で一度合戦した間柄だが土地を愛する思いと作物にかける並々ならぬ愛情にいつきの一揆勢と伊達勢とで意気投合し、今では互いに助け合う仲となった。 今日のように政宗の手の回らぬところでいつきが力を貸してくれているという事だ。 「それで守備はどうだった、いつき?」 「ぜんぜんだめだべー。それらしいんは来んしな。旅のひとだってほとんど通らねぇべ?」 「そうか……thank youな、いつき。お前は一旦村へ帰んな。あとはまたこっちで何とかする」 「ええんだか?」 「心配すんなって。俺を誰だと思ってるんだ?」 奥州筆頭、伊達政宗様だぜ。 ふんと自信たっぷりに胸を張る政宗に安心したのか、そうだべな、と破顔していつきは己の村へと踵を返した。 「んじゃまたな、お侍さん! またいつでも呼んでけろ!」 「おう!」 石鎚を軽々と手に持ちながらいつきが勢い良く北へと戻っていくのを、政宗は姿が見えなくなるまで見送っていた。 所変わってこちらは伊達の邸の一室。 小十郎に案内されて半兵衛と慶次は客用の一室を宛がわれた。 「やっぱり同じ部屋なんだね……」 「露骨にそんな嫌そうな顔すんなよ」 「誰の所為だと思ってるんだい」 しれっと突き放す言動を見せるが、相手には柳の葉が揺れる程度も効きはしないのだと重々承知しているので半兵衛も全く遠慮することはない。 実際慶次が慌てるような仕草は見せないし、ここの部屋は風通しが良いね、などと言いながら縁側にすでに腰をどっかりと下ろして夢吉の相手をし始めていた。 「食事はどうされる。こちらに運ばせようか」 小十郎が尋ねると、半兵衛は否と答えた。 「もし許しをいただけるようなら政宗君と同じ席をお願いする」 むろん許しを請うと言いながら、明らかに同席させろとの意思を見せる半兵衛に、小十郎はただ「承知した」とだけ答えた。 「そういえば途中ここで会うには珍しい人を見たよ」 「さて」 何のことだと首を傾げる小十郎に、半兵衛は楽しそうに笑ってみせる。 「あれは東北のいつきだったけど」 「ああ」 小十郎は合点がいったようで、一つ頷いた。 「あれは犯人探しに協力してもらっているのだ」 「犯人探し?」 なんだか来た早々にきな臭い話である。 「まさかそこに僕達を巻き込んだりしないだろうね」 「そのような心配には及ばん。そもそもあれは女性でなければ勤まらぬ事ゆえ」 「……一応聞いてみるけど、何が起きてるんだい」 「…………」 あ、だんまりに入った。 となると外聞的には伊達にとってあまりよろしくない事が起こっていると見てよいだろう。 「……了解。いいよ。また政宗君にも聞いてみるから。ま、教えられたところで僕らにはどうにもならないだろうけど」 「すまん」 かるく詫びられて、半兵衛は苦笑を漏らす。こういう時側近というのはかなり複雑な心境で難しいものだ。なまじ自分にも覚えのあることで思わず顔が緩んでしまった。 小十郎が不思議そうにこちらを見て瞬きを繰り返すので、半兵衛はしまったと内心舌打ちしながら顔を背けた。 今の半兵衛は仮面を付けていないのだ。 そうなると今まで以上に他人に自分の感情を露にしてしまう。すでに軍師としての役割は終えているとの認識で外した仮面だったが持って来ておけばよかったと、今更ながらに後悔する。 ちらりと視線を戻すと、表情は薄いが明らかに楽しげな目を見せている伊達の側近に対し、休ませてくれと彼の退室を促した。 ではまた食事の折に、と礼儀正しく一礼して小十郎は客室を後にした。 「あいつ、初めて半兵衛の素顔見たんだな。ああいう反応っておもしれえなぁ」 「僕は全然面白くないよ」 まるで珍獣だ。 そうぼやくと、でも間違ってないんじゃない? と慶次が返してきたので半兵衛は迷わず後頭部への蹴りをかました。 いやはや、なんとも面白いものを見てしまったと、小十郎は政宗の自室に向かいながら先ほどまでのやりとりを反芻する。 竹中半兵衛の感情を露にした様を見たのは、これで2度目だ。1度は豊臣軍が奥州に攻め入ってきた時、秀吉をなじった事に対しまさに激怒して見せた。お澄まし顔の優男と認識していた政宗の挑発にまんまと引っかかってくれたのだが、そのおかげでこちらは少々痛い目を見てしまった。多少苦い経験である。 (しかし、単なる豊臣馬鹿だと思っていたのだが……) 初めてみたときはそのあまりにも冷めた目に、感情を持たぬ人形か、はたまたと疑ったのだがどうもそうではないらしい。実際前田慶次との会話では感情の起伏を見せる竹中半兵衛がいた。 一人の武将に従う立場どうし、その内酒でも酌み交わしてみるかと内心思案する小十郎だったりする。 主の自室まで着いて襖を開けようとする直前、おい小十郎、と早々に声をかけられたので、主が戻っていることがすぐに知れた。どうやら相手は足音で相手が判別できるようなのだ。 いかがなさいました、と尋ねながら部屋に入ると仏頂面して腰を下ろした政宗がじろりとこちらを睨むではないか。 「あれはどういうことだ。ああ?」 「豊臣ですか」 「おうよ!」 またなんでこんなときに来るんだかと文句をつけてくるのは仕方がない。今自分達には解決しなければならない事が一つあるのだが、それがどうにも片付けられないでいるからだ。 政宗の真正面に腰を下ろし、小十郎は書面を政宗に手渡した。 「これを」 「what?」 「豊臣からの勅命文です」 これがさっき言ってたやつかと政宗が目を通すと、気が向かぬと不機嫌そうな顔が更に険しくなっていった。 「おい、小十郎」 「はい」 「俺たちゃ、おちょくられてんのか?」 「さあ」 「この『竹中半兵衛に笹蒲鉾を持たせるべし』って何だこりゃ!?」 「ええ、ですからもしかすると悪戯かもしれないと思いお伝えしておりませんでした。ですが実際に竹中と前田慶次が姿を見せたので、私もその時初めてこの文書が本物であると認識したのです」 「……あいつら暇なのか」 「なんとも言えません」 「…………やっぱりつまみ出してやる!」 「まあまあ、お待ち下さい、政宗様」 「ああん?」 片膝を立てて今にも走り出していきそうな政宗を、小十郎は右手を上げて動きを制した。 「実はここに来るまでに一つ考えまして」 「……あいつらに関してか」 「はい」 「そりゃあれか、あいつらがここにstayしている間に役に立ってもらおうってことなんだろうな」 「無論です」 「よし、話せ」 「つまりですね……」 ひそひそと大の男が内緒話に花を咲かせる。 最初は怪訝そうな面持ちの政宗だったが、小十郎の出してきた案にみるみる表情が変わり、終いには身を乗り出してその案に乗ってきたのだった。 「いいぜ、いいぜ、小十郎。面白くなりそうじゃねえか」 「政宗様……やはりずっと退屈なさっていたのですね」 「あったりめえよ! こんな邸ん中でくすぶってちゃ竜の名が廃るってもんだ!」 「……承知」 とにかくじっとしているのが苦手とする奥州筆頭である。政宗には知られぬように、密かに肩を落とす小十郎であった。 →3 ********** まあ、主従関係なんてこんなもんかな。 戻 |