=君と二人でとおりゃんせ=

旅立ちの時

4.







 慶次がうんうん悩みながら帰っていったあれから数日後。
 今日は天候も穏やかでそう身体には障るまいと、半兵衛は城にいる兵達に剣の手ほどきをしていた。
 半兵衛の動きには一切無駄がない。なおかつ「間接剣」という特殊な武器をまるで体の一部のように扱う様は「戦場の白鷺」とまで謳われた。そんな彼に指南を受けたいと思う兵は少なくない。我先にと近寄ってくる男達を見るたびに半兵衛自身、内心深いため息をついているなどとは実は秀吉にも内緒である。
 仮面をつけていてもどうもそのテの視線からは免れられない。腕の立つ侍への尊敬と同時に、見目美しいものへと向ける色がそこに含まれているような気がしてならないのだ。気持ちこそ不快なのだが稽古を志願するものたちを無下に追い払う事もできず、かといって異様なまでの視線を受け続けて精神的にも良いとは思えない。まあ、何か不埒な行動を起こすようなら切り捨てればいいか、などと物騒な事を考えながら努めて冷静に彼らに対応するのが、半兵衛のほぼ日常となっていた。

 剣の指南も終え、そろそろ天守閣に、と思っていたちょうどその時、秀吉からの呼び出しを受けた。
「なんだろう? 別に呼び出さなくたって行くのに」
 城に出向いたときは必ず秀吉に顔を見せる。ただ時間がまちまちなのは仕方のないことで、そこでわざわざ呼び出したという事は恐らく火急の用事なのだろう。
 はてと首をひねりながら奥の部屋に向かった半兵衛は、そこで秀吉と酒を交わす人物に思いっきり顔をしかめた。
「よお、半兵衛」
「……どうして君がここに居るんだい」
 一つ音を落として半兵衛は言外に帰れといっている。
「今日もつれないねえ」
「君に愛想よくした覚えはないけど」
「そんなこと言うなよ。それに半兵衛が忘れてるだけで昔は」
「君はここで切り殺されたいのかい?」
 いやいやまさか首を振る慶次に、深い深いため息をついた。
 ちらりと城主に目をやると、平静を装った秀吉であるが、内心かなり楽しんでいる事は長年の付き合いでよく分かっている。
 もう一度ふっと息を吐いて「結局何の用なんだい」と自分から切り出した。
「うむ。実はな半兵衛に国内の視察を頼みたいのだ」
「視察?」
 どういうことだと聞く軍師に、秀吉は一番に信頼の置けるものに国内の情勢を見てきてほしいというのだ。
 秀吉から頼りにされる事にはとことん弱い半兵衛である。普段であれば二つ返事で受けるところであるが、今この席には見たくもない人物が居座っている。
「まあ、別に行ってくるのは構わないけど、ここに慶次がいるっていうのは……」
「俺も秀吉に頼まれたんだ。しばらくお前の用心棒ってことで同行させてもらうぜ」
「はっ!? 何言ってんの君!!」
 そんなもの絶対要らないと強く秀吉に主張するが、相手は半兵衛も認める兵<つわもの>である。一度言い出したことを撤回するとも思えない。だが半兵衛もここで引くわけには行かなかった。
「行くなら僕一人で行く。付けるなら慶次君以外にしてよ!」
「またなんでそう寂しい事をいうんだい、あんた」
「思ってもいないことをいわないでくれ」
「しかし半兵衛」
「なに秀吉」
「他のものは城に置いておきたいのだ。お前が抜けた分の埋め合わせは必要なのでな」
「じゃあ他の人間に行かせてよ」
「それでは当てにできん」
「だったら!」
「かといってこれ以上人も動かす事は正直難しい。そこで慶次なら時間はいくらでもある人間だからな」
「うわあ、なんつう言われ方」
「君は黙ってて」
「お前達二人で見てきてほしいのだ」
「だからなんで相手が慶次なんだい!!」
 そして話が振り出しに戻る。
 こりゃあ埒があかねぇな、と一番に行動を起こしたのは慶次だった。
「おらよっと」
「へっ?」
 一瞬何が起こったのかと半兵衛は呆然となった。
 自分が慶次に肩に担がれているではないか。
「ちょっと君下ろしてよ!」
「やなこったい。俺はもうあんた連れて行くって決めてんだよ。決めたんだったら行動行動!」
「だから僕は決めてない!」
「んだよ、秀吉の頼みだぞ」
 秀吉の。
 そういわれると半兵衛には何もいえなくなる。
 ぐっと苦虫を噛んだような軍師の表情に慶次は内心ほくそ笑んだ。
 しかしこの体制ははっきりいって辛い。
「とにかく降ろしたまえ」
「そしたらあんた逃げるだろ」
「僕を誰だと……!」
「とにかく行くぞ」
 半兵衛を抱えたまま慶次は秀吉に、じゃあな、と片手を上げて挨拶した。
 秀吉もうむと頷いて、どうも彼らのやり取りは終わりのようである。
「ちょっと、秀吉!」
 腰を肩に当てた位置で後ろ向きに抱えられているものだから、慶次が部屋を後にするなら自分は秀吉とちょうど目を合わせる状態になるのだ。
 おお、そうだ、とこちらを向いた秀吉だったが、放たれた用件の内容に半兵衛の頭の中は一瞬にして真っ白になった。
「慶次、奥州は笹かまぼこだぞ。忘れるなよ」
 あいよ、と応える慶次の声が聞こえていたかどうか、怒髪天を越えた怒りに半兵衛は我を忘れて叫んでいた。
「ひ、ひ、秀吉――――――っ!!!」

「命みじかし。人よ恋せよ。さあ、まずは奥州だ」





→5


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しょこくまんゆうき?(笑)
全部回るかはちょっと謎です☆