=君と二人でとおりゃんせ=

旅立ちの時

3.







 困った。
 非常に困った。
 今までいろんな戦場を渡り歩いてきたし、人様にお願いされて力になってきた事も多々ある(と本人は思っている)。
 いやだがしかし、これは今までにないほど難しい。

「半兵衛を家から連れ出せかぁ……どうしたもんかね」

 豊臣の城を後にし、帰路に着く慶次の足取りはらしくなく重い。ぶらりぶらり進みながらも頭は先ほどまでの秀吉との会話で一杯だった。
『半兵衛を、ってそりゃまたなんでだ?』
『お前、半兵衛の体調が良くない事は知っているだろう』
『まあそれとなくは……』
 秀吉が言うにはこうだ。
 近頃戦そのものが鳴りを潜めているため、半兵衛の今の立場としては兵の指南をする事や軍の状況確認、万が一に備えての準備等々と、傍目から見れば雑用と思えることばかりに手をつけている。むろん政に無関心なわけではないが、それは自分の専門外、とあまり口出しはしない。己はあくまでも軍師である、政には関わらないと半兵衛は秀吉を目の前に言い切ったのだ。このような経緯があり外を駆け回る必要のなくなった半兵衛の仕事場はもっぱら屋内であることが増えたのだが。
『しかし、そうなるとあまり身体に良くないと思われるのでな』

 お前から言ってあいつを外に連れ出してはくれまいか。

 以前は目の前の全てが敵だった。だから何が何でも進もうという強い意志があり、半兵衛自身を支えていたのだが今はそれがない。むろん、弱った身体で日の光に当たり続けて良い事もないが、全く身体を動かさなくなるというのもどうなのかと秀吉は危惧したのである。実際、彼の顔色は以前よりも悪くなっている。
 そこで白羽の矢を向けられたのが慶次だったというわけだ。
「……なんて勝手な奴だ。しかも俺は嫌われてるっつうの」
 あ、自分で言って凹んでしまった。
 慶次には重々自覚のあることだ。忘れもしない半兵衛との初めての出会い。その時の模様は今でも鮮明に覚えている。向こうにとってはサイアクだっただろうが、慶次にとっては忘れられない”最高”の日だった。ただそれは本人には絶対に言わない。言えばまた怒らせることは火を見るよりも明らかだから。
(一体俺のどこが適任なんだか)
 慶次以外には任せられない、と旧知の友は言った。
『お前が傍にいるときが、あれは最も生き生きしておるのだ。知らなかったか?』
 知らない。知るはずがない。というよりもなぜあの状況で自分達は「仲良し」だと思われてしまうのだろう。要はそういう事だ。

 そういえば、と慶次は数年前の記憶を手繰り寄せる。
 なんとも忘れがたい出会いから始まり、事あるごとに半兵衛を怒らせていた慶次だったが、一度だけ面妖に思ったことがある。

『本当に、そう思うのかい?』

 一笑に付されると思っていたのに、なんとも曖昧な反応を返されて戸惑ったのは慶次の方。
 あの時半兵衛の心によぎったのは、どんな思いだったのだろう。
 ふとした悪戯心が、考えるより先に言わせていた。
 結果がどうなるとも知らずに。

 なあ、あんたさ、ちょっとだけねねに似てるよな?

 思えば半兵衛が仮面をつけるようになったのはそれから幾日も経たぬころではなかったか。
 慶次にしてはえらく重たいため息をついた。
 彼の素顔を見なくなって一体どれだけ時間が過ぎたのだろう。
「けじめをつけろって事なのかね」
 何年も見ぬ振りしてきてここまで大人になって、ようやく慶次は”後悔”していたのだと自覚するに至ったのだ。





→4


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でた、出しちゃった、箱芭の中のマイ設定☆
本当に似てるわけじゃないですよ。雰囲気の問題。秀吉さんはかなり人徳のある人なので、ねねも聡明な女性だったんじゃないかと思うのです。