=君と二人でとおりゃんせ=

旅立ちの時

1.







 ここは天守閣にある一室。
 竹中半兵衛は午前の予定をこなし、今後の動きも確認を終わらせ、時間ができたなと新しく手に入れた兵法書を読みふけっていた。
 その横では豊臣秀吉が一人将棋をさしている。
 部屋の外では空は青く、鳥がどこかでさえずっているのが聞こえた。
 こんな一日も悪くない。そうふと思った時のこと。

 なにやら外が騒々しい。
「一体何事だい?」
 顔を上げて廊下へと続く側の襖に目をやった瞬間、ぱーんと音を立てて両側に開かれた。そこにはなんとも色鮮やかな御仁が、堂々と出現されたではないか。
「君……っ、前田慶次!!」
「よっ! お邪魔するぜ」
 片手を上げて軽く挨拶を済ませたその男は前田慶次。風来坊にて一つどころにとどまらない性分の男は、しかしなんらかの経緯があって、今は前田家本邸に戻っていると聞いていた。
「なんで君がここに来るんだ!」
「なんでって用があったからに決まってんだろ」
「そんなもの僕達にはないよ!」
 来た早々に邪険な応対を見せる半兵衛だったが、相手はどこ吹く風で全く気にも留めていない。
”知らぬ顔の半兵衛”と異名を取る彼にしてここまで怒鳴らせるというのは、秀吉も慶次以外には知りえなかった。
 とにかくこの二人、昔から馬が合わない。初めて会ったときからこんな感じではなかっただろうか。
『俺は前田慶次っていうんだ。よろしくな』
『ふうん……』
『ねえ、あんた名前は?』
『君に応える義務はないよ』
『いいじゃねぇか、教えてくれても』
『……僕は君を相手にしたくないんだ。さっさとこの部屋から出て行ってくれる?』
『そうは言っても俺も秀吉待ってるしな』
『いやだから君が言うとおり秀吉の客なのであれば、客人用の部屋に通されたはずだ』
『あ〜、いや、暇だったんだ』
『…………』
『ついでに言うと夢吉がどっか行こうとするんで追いかけてたらここに着いたっていう』
『だったら尚更ここにいる意味はない。いい加減に……』
『いやいや、それが実は大有りだ』
『?』
『さっき夢吉がここに入ってきたの見えたんだよ』
『……そのゆめきちというのは一体なんだい?』
『あ、俺がこの前友達になったばかりの小猿で』
『さっさとそれを言わないか!!』
 それからが大騒ぎだった。半兵衛の部屋に高く積み上げられていた書物と書物の間から顔を出した夢吉を捕まえようとやっきになる慶次と、それにより崩れゆく書物の山と自室の惨劇に怒り心頭した半兵衛が室内にて間接剣を振り回し、結果建物一棟を損壊させる大事件となったのだ。
 後にも先にもこんな初対面で半兵衛を怒らせたのは前田慶次ただ一人である。

「とっとと帰りたまえ!」
「いやだから俺も用事があって」
「こちらには一切合財ない!!」
「つれねぇなぁ」
「煩い!」
 此度については慶次を呼び出したのは他ならぬ秀吉なのだが、この二人のやりとりがあまりに面白いので、近頃退屈していたこの城主は二人をしばらく見守る事にした。
 帰れ!
 嫌だ。
 この繰り返しの応酬は、たまたま通りがかった家臣が恐る恐る秀吉に声をかけてくるまで続けられた。

 豊臣が治めた天下にて、日の本の国は今日も一日泰平である。





→2


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恐らく半兵衛様は別人です(笑)