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《注》 ・1シーズン後設定。 ・1シーズンが終わる前に書いたのでニールが生きてます。 以上を踏まえて大丈夫な方はどうぞvv =ミス・ティアに捧ぐ= 『俺達のために生きてくれ』 いつか言われた言葉が意識の中でリフレインする。 己の中の大いなる存在が消失したとき、この身を支えられるものは何もなく、計画の全てが終わったときには死のみが唯一の選択肢とも思っていたティエリアに、ならばと懇願してくる彼の口調は力強かった。 『俺達のために、生きてくれないか』 『言っている意味が……』 『俺達は――俺は、ティエリアが生きてくれているだけで嬉しい。あんたがいない世界なんて、今更考える事もできない』 『刹那』 『それでは駄目なのか。あんたが生きる力にはならないか』 俺はずっとあんたの傍にいたいんだ。 思わぬ台詞に絶句し、深く胸の中に突き刺さってきた。 言葉ではなく、感情が、ティエリアを強く捕らえて離そうとしない。 その時流した涙は、悲しみではなく、喜びであったといつまでも鮮明に覚えているのだ。 視界が暗闇から徐々に明るさを取り戻していく。 目蓋を上げれば見慣れた白の天井が目に飛び込んできた。 瞬きを繰り返して上半身を起こすと、横に寝ているはずの人間がいなくなっていることに気付く。 「刹那?」 もう起きたのかと思いつつ、ベッドから立ち上がる。見るとサイドテーブルにメモが一枚置かれていた。 手に取ってメモの内容に目を通したティエリアは勢いよく部屋を飛び出していった。 彼らの住居はユニオンのある主要都市近郊にあるタウンの中でも、メインストリートからは一際離れたところに建てられていた。あえて周囲との関連を断つかのように林立する木々の間を抜けないと彼らの家には辿り着けないのだが、見渡す限り目に映るその土地の広さたるや、誰もが驚かされることだろう。実はこのあたり一帯が個人的所有物なのだと知る者は極めて少ない。 ニール・ディランディ。ユニオンが本拠地の大手商社で世界中を飛び回っているやり手のビジネスマンであるらしい。彼がこの辺り一帯の所有者として登記されているのだが、実際に住んでいる彼らがそこまで熟知しているかどうかと問われれば十分に疑問視される事だろう。 時おり指摘しておかなければ彼が「ニール・ディランディ」である事すら忘れている可能性がある。 「頼むからへんなところで冷や汗かかせないでくれよ」 とぼやくのは当のニール・ディランディその人。ただし、本当の彼を知る者からは大抵「ロックオン・ストラトス」と呼ばれていた。 「うーん、大丈夫とは思うんですけど……」 と物静かに答えるのは同じ住居人のアレルヤ・ハプティズムである。 忙しいロックオンがもぎ取った久々の休みで珍しく4人が揃った。朝食を終えて二人はコーヒーを口にしつつ他愛無い会話に花を咲かせる。 「そういやハレルヤはどうしてるんだ」 「彼ですか? 最近はあまり出てきませんけど、この前ちょっと面白かったのが」 「何だ」 「ほら、ここからメインをずっと向こうに行くとベースグラウンドがあるでしょう」 「ああ、あるな」 「そこの近くを通ったときに自分もやってみたいって言ってきたんですよ」 「……何をだ」 「ベースボールに決まってます」 「あいつがか!?」 「ええ」 それではいそうですかと頷けるロックオンではない。きっと他の住人達もこの内容では返す言葉も無く黙り込むはずだ。 「あと」 「まだあるのか」 「この前スクールの車がハイジャックされてしまって」 「おいおい見たぞあのニュース! あれはアレルヤが行ってるところだったのか」 「そうなんです。そしたら彼が出てきてくれて」 「犯人を撃退したと」 「子供達に被害が出なくて良かったです、ほんとに」 確かに彼の戦闘センスは光るものがあるのだが、まさかそんなところで本領を発揮されてしまうとは。 (俺のいない間に随分と面白い事になってたんだなぁ) 自分の忙しい身の上を今更ながらに恨むロックオンである。 さて今日の予定をどうするかと話し始めたところで、リビングに近づいてくる足音が聞こえてきた。 だだだだだっ。 バタンッ。 「刹那・F・セイエイ!!」 メガネをかけていない状態で睨まれると、随分とイメージが違うんだなとロックオンは心の中で呟いた。 「刹那は!」 「……大学に行ったよ」 「確か今日は大学祭があるはずだ」 「大学祭?」 事情を知らないロックオンが首を傾げる。 「ええ。刹那が通う大学が文化祭をするらしいんですけど、でも日程が変わったって」 「本当にか?」 きつい眼光がアレルヤを睨みつける。僅かに間が空いたのはばれてしまっても仕方がない。 「……僕はそう聞きましたよ」 ぐしゃりとティエリアは手の中のメモを握りつぶした。 「そんなものは嘘に決まっている!」 「なんだその確信は」 ロックオンが尋ねるとティエリアは逡巡して、けれど答を明かした。 「――俺を起こさずに出て行ったときは、きまって隠し事がある時だ」 隠し事がない時、つまりは普段であれば刹那は必ずティエリアに挨拶して学校に行っていると言う事だ。 「お前ら本当に仲良しさんになったよなぁ」 ロックオンはしみじみと昔を反芻する。アレルヤの顔が少々赤い。 余計なことを言わないで下さいとティエリアが顔をそらす。自分の言っている事がかなり恥かしい事だと気付いたティエリアもかなり顔が赤かった。 「とにかく、俺は大学に行ってくる」 「何でだ。日程が変わったんだろ」 「だからそれが嘘だと言っているんだ。きっと俺に……来て欲しくない、何かがある」 心なしか気落ちしているティエリアを見つめながら、彼も相当に変わったものだと年長組みの二人は互いに目線を交わして、軽く笑みをこぼすのだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 刹那は非常に焦っていた。 いつも一緒に講義を受ける友人4人と連れ立って歩く。 会話をする。 それでも不安が消えない。 出来る事なら大学祭に連れてくる事を避けたくて、だから苦し紛れの嘘を告げて家を後にしてきたのだが、それでティエリアを騙し通せるとは露ほども思っていない。 帰ったら怒鳴られるか、それとも暫く無視されるか……。 校内の敷地に多く出されているテントや看板を横目に見ながら友人達と歩いていくが、相槌を打つも会話の内容はほとんど覚えていない。 刹那の頭の中は彼の事でいっぱいだった。 大学は噴水のある広場を中心に三つの校舎が立ち並び、その背後に広がる草原は学生のための公園となっている。北、東、西と建てられた棟それぞれが専門分野に分かれており、刹那が普段使う校舎は東の棟だった。だがもちろん今日は足を向けることなど無いし、他に机にかじりつく者もほとんどいない。皆が皆、それぞれに店を出し、イベントを開催し、学内を盛り上げている。南側には正門があり、皆そこから敷地内に入ってくる。学生達がそれぞれに家族や友人を連れてきているのだ。すでにイベントが開始して1時間は経つがまだまだ参加者は増えそうだ。 大学のシンボルともいえる噴水の近くまで来たときに、見慣れた人影を見たような気がした。 まさかと思って何度も瞬きを繰り返すが、どうみても彼なのだ。 さほど身長が高いわけでもないのにその持って生まれた容姿のために、どこに行っても目立つ。 刹那にしては珍しく感情を表に出していた。つまり困った顔をしているのである。 傍にいた友人達もどうしたんだと覗き込んできたが、刹那の視線の先を確認すると皆が皆、彼に釘付けになる。 だから嫌だったんだ――。 向こうもこちらに気付いたようで、つかつかと早足に近づいてきたかと思ったら、次の瞬間その人の右手が振り上げられた。 ぱしん。 自分の左頬に走った衝撃を、刹那は甘んじて受けとめる。 小気味良い音に歩いていた何人かがこちらを振り向く。まずい、一番まずい展開になってきた。 「刹那・F・セイエイ。ちゃんと説明してもらおう」 「何をだ」 「この“私”にあえて嘘をついた理由だ」 あ、すごく動揺してる。こんな事でと思う反面、実は喜んでいる自分もいるのだが、今は感情に流されている場合ではない。 「それを聞くためにわざわざここまで来たのか」 「ことと次第によっては今後の身の振り方が変わってくるぞ」 「…………それは嫌だな」 本当に困ったと表情で示すと、相手の釣りあがった眉も少し緩んだようだ。 「この莫迦が。ちゃんと説明すればいいことだろうに」 「それは……」 「おいセツナ! この人がもしかして噂のミス・ティアか?」 「……ミス?」 「あっちに行くぞ!」 言うが早いか刹那はティエリアの手を取り走り出していた。 「ちょっ、刹那!」 「話は後だ。とりあえずここにいたら駄目だ!」 人ごみの中を二人は広場を抜け、校舎を通り過ぎ、公園を取り囲む林の中へと入っていく。結局友人達はそれから夕方まで二人を見つけることは出来なかった。 何かしら騒動が起きるかと思われたその頃、やはり招かれざる客が二名、少年の意志はまるで無視して大学に訪れていた。 「へえ、こりゃまた良いところじゃないか」 「うん、スメラギさんの推薦してもらったところらしいよ」 「久々に嵌め外すかな」 「ロ……ニールが言うと冗談に聞こえないな。あまり派手にやらないでよ」 「なんだそりゃ。それじゃ俺がトラブルメーカーみたいじゃないか」 「僕はそう思ってますけど」 ひでえな、と言いながら笑う。ロックオンとアレルヤは家を飛び出したティエリアを追う形で大学祭にやってきたのだが、あえて二人を探す事はせずに二人でイベントを楽しんで帰ろうと話を決めていた。 今日一日だけは、本当に何かも忘れて楽しんでしまおう――。 next... ************************* ティエ様が刹那をフルネームで呼ぶの結構好きです(笑) 感情的になった時に昔の感覚を思い出して呼んじゃうのって、なんか良いなって思って、実はそれが書きたかっただけなのですけど(アレ すでに冒頭で任務完了。 2009.4.18 戻 |