=ただいま=








 執務室は緩やかな時間が流れている。
 現在は大きな抗争もなく、ここ数日は書類整理に追われていたが、それもいつもの事なので綱吉はただ黙々と仕事を片していた。
 部屋の壁の4面のうち、2面に大きくガラス扉がはめられており、そこからベランダへと出る事ができる。実はあまり出る事はなくて、この部屋のガラス扉を開けた事もほとんどない。明り取りとしての役割がまるで本分だとでも言いかねない、その扉のガラスがピリッと一瞬音を立てた。はっとして背後のベランダに目を向けたが、音を鳴らしたのは通りすがりの風の様で、ベランダには誰も存在しない。
「・・・・・・」
 ふう、と一つ息をつくと、かじりついていた机から身を離し、革張りのチェアに全身を預けた。

 リボーンに一つ大きな”処理”を依頼して、早一ヶ月がたつ。おおよそ自分が思っていた通りの所要時間であるが、それでも時計が気になるし、毎日カレンダーに目を向けてしまう。彼にはイタリア内で終わるような仕事は頼んでいない。ただリボーンに任せればヨーロッパ内を駆け回ったとしても大体一ヶ月程度で澄むだろう、と最初から踏んでいたので自分の読みどおりでは有るのだ。
 だがそれと感情が伴うかといえば全く別の話である。
 すでに時刻は16時を回った。
 今日も帰ってこないんだろうか―――。

 さて、ともう一度身を起こし、ペンを手に取ったとき、入室許可を求めるノックの音が聞こえた。
 どきりとしたが、よく考えたら彼の場合ほぼノック無しで入室してくる。この時点で彼の帰還ではありえない。
「隼人?」
「はい、失礼します」
 獄寺がいつものように恭しく礼をして入ってきた。
 用件を聞くと、以前から気になっていた新興ファミリー・メログラーノがこちらに揺さぶりをかけてきたというのだ。
「げげっ。まさかと思ってたけど、本当にうちに仕掛けてくるとはね」
 ボンゴレが表社会で援助している同盟会社の中でも、ごく最近提携したIT企業・L社の持ち株を買占めに出たとの事。
「ええ、俺もちょっと吃驚しましたけど、どうも動きが不自然で」
 微妙に言葉尻を濁す右腕にどういう事?と先を促す。
 内部によるリサーチで判明したのだが、動き出す直前にドン・メログラーノと接触した人物が居たらしい。会談時間はおよそ4時間。この直後、ボス自らが動き出したというのだ。
「うーん、なんか凄く裏を感じるなぁ」
「はい、俺も感じます。ちなみにこれが接触してきた人物です」
 さすが隼人、と彼が取り出した一枚の写真を見たとたん、綱吉は眉を顰める。
「・・・ねえ、隼人」
「はい」
「本当にこの人がメログラーノに会ってたの?」
「はい。かなり”癪”ですが、あの骸からの情報ですので間違いはないかと」
「骸かぁ」
 それなら決定的だね。
 呟いた綱吉の顔から表情が消える。

 ドン・ボンゴレが動く。

 ピッと背筋を正した獄寺を連れて、綱吉は部屋を後にした。
 骸が入手したという写真の中央に写るのは、漆黒のドレスに身を包んだ妖艶に微笑む美女。変装したところで綱吉に分からないはずもない。
 ボンゴレ・ファミリーなら誰もが知る、最強の名を冠したヒットマンだった。







 眼前の炎上する建造物をじっと綱吉と傍らに立つ青年は見つめていた。
 メログラーノへの『直接交渉』に踏んだ綱吉だったが、むろん結果は決裂に終わり、さらに相手のほうからもありがたく鉛の洗礼をいただいたので、律儀にお返ししていたらファミリーのみならず拠点まで潰してしまったのだ。
「いやあ、まさか地下室に火薬が置いてあったとはねぇ」
「ずさんな管理が招いた事故だからな。自業自得という奴だ」
 いけしゃあしゃあと言い捨てる青年を綱吉はじっと見つめる。
「なんだ?」
「まだもらってない」
「は?」
「ただいまは?」

 帰りましたの挨拶を貰ってないよ。

 20を過ぎたいい大人が至極まじめに言ってくるものだから思わず絶句してしまった。
「おい、ツナ」
「た・だ・い・ま・は?」
「……ただいま」
「おかえり」
 にっこりと微笑むドン・ボンゴレに、漆黒を身に纏う青年はただただ苦笑する。離れたところから粗方の片が付いたと獄寺の呼ぶ声が聞こえたので、二人は揃ってその場を後にしようと踵を返す。
「ところでリボーン」
「あ?」
「なんでここにちょっかい出したの?」
「さて、何のことやら」
 しれっと返す青年に綱吉は苦笑した。
「じゃあこれは誰?」
 ひらりと見せたのは、骸が入手してきた件の写真だ。綱吉の手から取り上げると、くっと口を吊り上げて笑った。
「へえ、良い女じゃないか」
「……自分で言うかな、そういう事を」
「俺は何もしてないぞ」
 ちょっとした情報交換しただけだ。
 楽しそうに笑うヒットマンに綱吉はそれ以上のことは言わなかった。
「ま、別にいいけどね。動いてきたのは向こうからだし」
 リボーンも帰ってきたから。
 何気ない一言に、リボーンの笑みが消える。ふと止まる足に綱吉は振り返った。
「なに?」
「いや……」
 何でもねぇ。
 言いながらリボーンは目深に帽子を被り直した。
 そう? となお首をひねる綱吉を、さっさと乗れと車に促す。

 己の帰りを待つ人が居る事は存外に悪くない。
 心の中で呟きながら、リボーンも車の中に身を滑らせた。




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ぜんぜんそれっぽくない。それでもリボツナ前提なのです☆
ツナは20歳か21歳くらいで、りぼたんはツナの身長を超えてます。
りぼたんはマイ設定で常に年齢不詳なのです。