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=レバンネ=
その夜の事を、京子は一生忘れないと思った。 前もって来訪の連絡を受けていたので、先月結婚したばかりの夫と共に予定の時間を待った。窓の外を見れば大降りの雨で暗い夜を更にどんよりと見せている。 現在23時5分前。 家のチャイムが鳴った。 駆けるように玄関に向かった京子が扉を開けるとそこには見慣れた青年が、両脇にこれまたよく知る男女を二人連れて立っていた。 「久しぶり、京子ちゃん」 ああ、ツナくんだ。変わってないなぁ。 それが約2年ぶりに再会した同級生への感想だった。 仕立てのよさそうなスーツを難なく着こなしている彼の腕の中に、すやすやと眠る赤子が居る。 聞いてみたいことが急に胸の中に溢れてきてついつい口について出そうになったのだが、そういえばまだ自分達は玄関で立ちっぱなしだとすぐに気づき、「どうぞ」と(赤子含め)4人を部屋の中に招き入れた。 「なんだかその子、初めてみたような気がしないんだけど」 他愛もないやりとりを2、3繰り返し、そう京子が聞いてきたのが23時30分を回ったところだった。 「うん、みんな良く知ってる子だから」 そういって笑う綱吉は、なんて嬉しそうなんだろう。 「それで、お願いって言うのは何なんでしょうか?」 ようやく本題に切り出したのは、京子の勤める会社の同僚であり、夫である青年だ。 一つ頷いて綱吉は、この子を養女として預かってもらえないか、という事だった。 「養女……女の子?」 「うん、レバンネという名前は決めてあるんだけど、俺のところで育てるのは色々と都合が悪くて」 どうしても京子ちゃんの顔しか浮かばなかったんだ。 そういってはにかむ綱吉の笑顔に、京子は悩むより早く、しょうがないなぁと笑って答えていた。 あれから早5年が過ぎた。 当初共働きしていた京子は子供もできたという事で退社した。主人はというと、なんとあれから大手貿易会社から引き抜きされ、以前よりも格段に良い待遇で仕事をする事になった。もともと海外に興味のある人間だったので、会社の名前を聞いたときにほとんど迷う事はなかったらしい。 むろん、これは綱吉が手を入れたことだ。 『この子を預かってもらう分、二人の面倒はちゃんと俺が見るよ』 そう言って帰っていった青年の後姿だけはなぜだか良く覚えている。 「マンマ」 ベランダで洗濯物を干していた京子のところに、もうすぐ5歳の誕生日を迎える少女が近寄ってきた。 「どうしたの、りぼちゃん」 「はなちゃんがおなかすいたって」 「あらあら、さっき朝ごはん食べたばっかりよ」 一体誰に似たのかしら、と京子は少女を連れて部屋の中に入る。 現在家族は4人。 自分と夫と娘が二人。 上のお姉ちゃんのほうはなぜか「レバンネ」と横読みで名前が付いているのだが、更に謎なのは京子がいつも少女の事を「りぼちゃん」と違う名で呼ぶ。 しかし本人も嫌がっているそぶりは見せないので、家の中ではいつも「りぼちゃん」と呼ぶのだ。 下の娘には「華子」と名をつけた。 「じゃああと30分でおやつにしようね」 だからそれまで華ちゃんの相手をしていてくれる? そうお願いすると、少女はにっと笑って「いいよ」と答えた。 「ねえ、マンマ」 なに? と振り返ると、レバンネはじっとこちらを見ていた。 「どうしたの、りぼちゃん」 見上げてばかりだと首が痛そうだな、と思った京子は目線を合わせるようにその場に座った。 「時々、変な夢を見る」 「え?」 「いろんな人が私のことを”りぼーん”と呼ぶ。でも私は違和感を感じない。どうしてなんだろう」 レバンネは非常に聡明な少女だった。そもそも彼女に学校はいらない。すでに知っていたのではないかと思うほどに良くいろんなことを知っている。生まれる前の世界情勢にすら精通しているのだ。 一歳の頃からほぼ普通の会話ができるくらいに言葉が話せた。それは学習したからというよりも、以前覚えていたものをある時を境に思い出したからと言われたほうがしっくり来るくらいに話すことができ、時々京子たちが知らない事まで話し出したくらいだ。 だからやっぱりこの子は”りぼーん”なのだと京子は理解していた。 「その人たちの中に茶色い髪の可愛い男の子いない?」 「かわいい……」 だれだそれ、と悩みだす少女の姿を京子はにこにこと見つめていた。 (ツナくん、りぼちゃんはちゃんと成長してるよ) 思い出の中の大切な人に、今ある幸せな日常に、京子は感謝せずに入られなかった。 少女が全てを思い出し祖国に帰るのは、これからまだ7年後のこととなる。 「帰ったぞ、ダメツナ」 ********** これってある意味死ネタですか? レバンネちゃん、世間の事は覚えていても、自分に関することは全て忘れてます。 綱吉たちの事も、自分がヒットマンだった事も全部忘れて普通の生活を日本で送るのですが、結局思い出してイタリアへ還るんです。 もうヒットマンにはならないけど、その後の人生は全て綱吉と共に、そんな感じで 戻 |