=救い=








 なんかもう本当にどうしたらいいんだろう。
 山本や獄寺の修行が思うように進んでおらず、またクロームの容態も悪化し始めた。
 自分の修行だって成果を出せているわけではない。

 どうしてこんな目にあうんだろう。

 おれ、ただの中学生なのに。

「お前がなんと思おうが、世界はお前をボンゴレ10代目だと認めているからな」
 はて、聞き覚えのない声。
 いや、正確に言うといつも聞いていた声が1オクターブは下がったような感じ。
 そろそろと後ろを振り返ると、そこに立つのは、いつも陰のように見えていた人。
「あ……」
 深くハットを被り、全身を黒のスーツできっちり決めている男性の、端を吊り上げて笑う口元だけがやけにリアルだった。
「お前の願い……忘れたわけではないだろう?」
 こちらを覗きこむようにかがんできた相手の瞳は衣装と同じ闇の色。
 一瞬目を奪われて、気がついたように「忘れてないよ!」と反論した。
「俺には守りたいもの、たくさんあるよ! でも、でも……」
「どうにもならないことがある……か」
「なんで俺が10代目なんだよ……」
 思わず出た本音に、ふん、と男は鼻で笑う。
「そんな愚問はな、『どうして俺がヒットマンなのか』って聞くのと同じくらいくだらない事なんだぞ」
 俯かせていた顔をはっと上げると、綱吉は男の顔をじっと見た。
「あなた……ヒットマン?」
「おっと。口が滑ったな」
 まあいいか、と随分機嫌よさそうな笑みを見せた長身の男は、左手を綱吉の頭に乗せると、ぐしゃぐしゃと髪をかき回し始めた。
「ちょっ……何するんだよ!」
「お前は少し考えすぎだ」
「何が!」
「目の前の敵を倒すだけの事に、何迷ってんだ」
「一般的に怖がるのが普通です!!」
 なに言ってんだ、ボンゴレ10代目が。
 もう止めてよっ、と必死の抵抗が伝わったのか、相手の手が自分の頭から離れて綱吉はホッとした。
「ああもうぐしゃぐしゃ」
「当たり前だろ。そうするようにしたんだからな」
「俺の頭はおもちゃじゃないよ!」
 綱吉は真剣に怒っているのに相手は全く取り合ってくれない。ハハハッと声を上げて笑うと膝をついて綱吉と目線を合わせてきた。
「綱吉」
「……はい」
「後ろに引くな。振り返るな。常に前に進まないと、本当に大切なときに必ず後悔するぞ」
「…………はい」
 それでも本音を言えば、怖くて怖くてたまらない。
 データのない敵の力。
 まだ幼い自分達。
 先日の獄寺たちがそうであったように。

 また、誰かが傷ついたらどうしよう――。

「うっ……くっ……」
 目頭が熱い。
 こんなところでと思うのに。泣きたい訳じゃない。

 でも溢れる涙が止められない。

 こぼれる雫が頬を伝って、すっと落ちると床の上ではぜる。
 なんとかしなきゃと思うのに、袖で拭っても拭っても溢れてくるから、もうここで思い切り泣くことにした。
「いいぞ。全部流してしまえ。そしたら今度はもう戦いだからな」
 こくりと頷く。
 背中に腕を回してきた男の肩を借りて、綱吉も相手の背に腕を回し、思う存分泣きはらした。


 どれだけ泣いたか分からないけれど、涙腺も収まってようやく綱吉も我に帰ったとき。
 すでに男の姿は消えていた。
「いない……」
「なにがだ?」
 声のするほうを見下ろすと、最も信頼する家庭教師がそこにいる。
「えっと、何がって……あれ? なんだっけ」
 綱吉は首をかしげた。
 先程山本と獄寺の修行状況を見に行って上手くいっていないことを知り、しかもラル・ミルチの容態の悪い事も分かってしまった。なのに自分はもっと大きな選択を迫られて、どうしようと思っていたところに――。
「リボーンと会ったんだよねぇ」
「なに言ってんだ、ツナ。もう老化現象が起こってんのか?」
「違うよ!」
「とにかくクロームの様子を見に行くぞ。どうにもできないが、放っておくわけにもいかねえからな」
「うん」
 なんだか大切なことを忘れているような気がする綱吉だったが、忘れるくらいだったらたいしたことでもなかったのかもしれない。
 何故か目が痛い。まるで泣いた後のような痛さに綱吉はまた頭を悩ませた。
 ただ、先程までの焦燥感と苛立ちとが、少しでも薄らいでいる事も感じていた。

 リボーンに会ったからかな?

 まず今はクロームを見に行くことだ。
「いこう、リボーン」
 綱吉は急いで医務室へと足を向けた。








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これ最初は完全オリジナル設定のつもりでネタを作ってましたが、
虹戦争に入ってほぼ間違いなかったと判明しました(笑)
カオスなりぼさま、素敵です!