―for My Sunshine―









『大佐ぁ〜』

『ん? その間の抜けた声は鋼のか?』

『……誰が間抜けだコラ』

『ハッハッハ。冗談に決まってるじゃないか。危ないからその刃物をしまいなさい』

『やかましい。折角忙しいところを寄ってやったって言うのに』

『相変わらずせっかちだなぁ、鋼のは』

『すばやいと言ってくれ』

『まあ、そういう事にしておこう』

『てめぇはぁ〜』

『それで用件だったかな?』

『(無理やり話題変えやがったな)査定の報告に来たんだよ!!』

『ああそうか。君が国家錬金術師になってから丁度一年目に当たる日が、確か四日前だったかな。
 査定は無事に終わったかい?』

『ああ、結構簡単だったぜ』

『そうか。一年目でそう言い切れる者はなかなか居ないよ、鋼の。先が楽しみだ』

『え、そうなのか? 別に難しい問題とは思わなかったけど』

『君にとってはそうかもしれないな。だが違う者も居る。同じ国家錬金術師でもね』

『ふぅん。……じゃあ大佐はどうなんだ?』

『私?』

『ああ。大佐もやっぱり一年目には査定があっただろ?』

『私の時ねぇ……、ああ、あの時か…………フフッ』

『なんでそこで笑うかなぁ……』

『なんだね?』

『その辺の笑いに、何か言外のものを感じたんだけど……』

『いやなに。私が一年目の時は査定がなかったので、その時の事をちょっと思い出しただけだよ』

『査定がなかった?』

『ああ』






   ちょうど大きな戦争があってね。






「俺、あの時まだイシュヴァールの事知らなかったから、気付かなかったんだよなぁ。不覚!」
「何がだね、鋼の?」
「何年も前の話とか、あんた覚えてる? 俺が国家資格取って、一年目の……」
「ああ、覚えてるよ」
 部屋の窓から見える紅蓮の夕焼け色が、彼らの就業が終了間際である事を指し示していた。
 ロイ・マスタングとエドワード・エルリックは、マスタングが中央であてがわれている執務室で、仕事中にも関わらずお茶を交わすというのんきな一時を過ごしている。双方とも客席用のソファに、二つあるにもかかわらずあえて同じソファに腰掛けて、コーヒーを口にしつつたわいもない会話を交わしていた。

 そんな時間をどれだけ過ごしたのだろう。

 執務の為の机に山のように積まれた書類の数々が、徐々に濃く、その影を床に落としてきているのをエドワードは漠然と視界に入れていた。部屋の明かりを付けていないので、そのあまり褒められない仕事っぷりも、二人の互いを確認する視界も、ふと認識した辺りから急速に暗くなっていく。
 太陽の動きなど、昼間なら分かりもしないものが、沈み行くときだけは早いものだと僅かに感傷に浸ってしまった。逆に日の出のときなんかは、不思議と嬉しく思えたりするものなのにとエドワードが一人ごちる。
「もうこんな時間だったんだ」
 そもそもエドワードにはエドワードのなすべき仕事はきちんとあり、彼も本来なら此処に居ない人間のはずなのだが、それは相手の副官にきちんと了承を得ているので怖いものはない。
 マスタングは部屋の明かりをつけようと立ち上がるが、隣の青年に裾を掴まれて動きを止めた。
「明かりなんていらないよ、将軍。どうせもう帰るんだろ?」
「フッ。それはそうだが、これでは歩くこともままならなくなるよ」
 そう言ってやんわりとエドワードの手を自分の服から離させると、部屋の扉へと向かい、そのすぐ脇にある電灯のスイッチに手をかけた。
 急に明るくなったので、暗さになれていたエドワードは何度か瞬きを繰り返す。
「さて、それでは帰る準備をしようかな、”エルリック中佐”。折角副官殿にもらった”半休”だ。有意義に使わない手はないぞ」
「了解! 何処に行かれますか? ”次期大総統”」
 茶化した口調で返事を返しながら、エドワードは机の上のコップやら砂糖壷やらを片付け始め、そのまま部屋の奥の給湯室へと入っていった。クスクスとエドワードの物言いに笑うマスタングも、それに倣ってデスクの上を片付け始める。
 綺麗になってきたところで、かすかに青年の鼻唄らしきものがマスタングの耳に届いてきた。
「将軍、こっちは片付いたぜ」


 身の回りの片付けが終わって、双方ともコートを羽織り、部屋を後にする。
「今日は君が正式に私のものになってから丁度一年目だ。今夜は君の我侭に付き合おう」
「なんだそれ! そんな事言って、何時の間にか主導権握ってんの、あんたじゃないか」
「よくお分かりで」
「そんなの面白くねぇぞ。言ってるだろ。俺は……」
「『あんたと対等に居たい』だろ? 分かってるよ、鋼の。でもそれを口にしている限りは、対等になんかなれないよ」
「〜〜〜〜〜そのいかにも大人の余裕ですっていう物言いが嫌いなんだよ!!」
「あっはっはっは」
「そのオヤジな笑い方も止めろ!」
「なんとでも言いたまえ、鋼の。今日はなにを言われても効かないよ」
「……この阿呆が」
 周囲から見れば上官に対してとは思えない口ぶりで話すエドワード。
 不毛な会話に頭痛を覚えたのか、手袋をはめた右手で額を抑える。だがその端から覗く腕は、今はもう鋼色をしていなかった。
 普通に、人が持つ”肌”の色。

 彼は、悲願であった人体練成を、成し遂げていたのだ。

 丁度今日、この日。一年前に。

 そして本当の意味で、彼がマスタングのものとなったのも、一年前の”今日”という日だった。

 エドワードは振り返る。
 11歳の時に間違いを犯して、その時から生きる目的は弟の体をとり戻すことを第一と決めた。
 弟を元に戻すことが出来なければ、例え自分にどんな幸福がきても、どんなに輝ける未来があっても、何もかもが無意味だと。
 ひたすら言い聞かせて前へと進んでいた、愚かな自分に―――。

 親友に頭を下げて

 弟に泣き請うてでも

 それでも赦して欲しいと願う程に

『繋ぎとめておきたい』と思うものが出来た事を幸せだと感じて

 ようやく悲願を成就させたその瞬間に、エドワードは全てをロイ・マスタングへ預けていた。





(あれから一年……)
 思えばいろんな『一年』が自分たちの周りを通り過ぎって行ったものだと、己に寄りかかる愛しき人を眺めながらマスタングは考えていた。
 己が経験した国家錬金術師としての一年目は今までの人生の中でもやはり過酷で、忘れることの出来ないものだった。血肉を裂かれ、心を砕かれ、消せぬ傷も負わされて、この時自分が軍で何をなすべきかと悟った時でもあったのだ。

 そして、自分は間違ってはいなかったと。
 進んできた道は果てなく険しいものではあったが、それでも進んできて良かったと。
 思わせてくれる存在に出会えたのだから、自分はなんと幸福者だろう。
「鋼の…」
 マスタングの家に向かうまでの路上、ほとんど頬を吸い寄せられたように腕に寄せてきていた青年は、何? と相手の目を真っ直ぐに捉えた。
 己の肩越しに見える大きな、黄金色の双眸。
 陽光に触れれば煌き、月光に触れれば淡く光を放つ。

 軍に長く身を置いた今でも、彼の瞳は曇ってはいない。

 それがどれだけ心の救いになるだろうか。

「あの時……君を引き止めることが出来て良かったよ」
「??」
「さっきの話の続きさ」
 エドワードは、ああ、と頷いて軽く笑顔を見せた。
 それはロイ・マスタングという男でなければ見ることの出来ない、優しく包み込むような笑顔だった。







   錬金術で、人を殺したのか?






『ああ、たくさん殺したよ』

『………………国家錬金術師になるってのはそういう事なんだよな……』

『まあもともと私は軍人であることから始まっていたからね。国家資格を取ったのは昇格に有意と考えたからさ』

『錬金術をただの道具みたいに言うな』

『だが此処にいれば同じ事だ』

『まるで自分も道具だといわんばかりだな、大佐』

『もちろんさ。上の者たちにとって自分たちはただの”駒”でしかない』

『悪いけど俺は感情のない駒になんか用は無いね』

『鋼の』

『自分で自分を駒という奴も嫌いだ。それに甘んじてる奴はもっと嫌いだ』

『……私はどうにも嫌われているらしいな。こんなに君の事を想っているというのに』

『言ってろ。俺はじっとしてられないから、あらゆる可能性を探して動き回っちまう。だから一緒にいるならただの駒は邪魔だ』

『鋼の?』

『もっと自分の意思で動いて見せろよ。二年前、俺を睨み付けたときみたいにさ』

『あれは……』

『俺、あん時のあんたの瞳、忘れてない。全然、忘れるどころかどんどん印象に残ってくんだぜ』

『…………なんだか非情に恥ずかしい事を言われている気がするぞ』

『当ったり前だろっ。俺だって恥かしいんだよっ!!』

『ブッ……アハハハ!!』

『こらっ、てめぇ笑うんじゃねぇよ!』

『いやいや、すまない、ククク……ッ』

『――――シバく』

『まあ待て待て。フフッ、君が何時になく柄にもないことを言うものだから』

『だから恥ずかしいって言ってんだよ!!』

『――――ありがとう、鋼の』

『〜〜〜〜〜!!!』

『君に見限られぬよう、駒に成り下がらない精進をするよ。さて、何からしたら良いものかね?』

『知るかよそんなの。ばぁか』

『そうだな……お礼に例の書籍を持ってきてあげるよ』

『うえっ!? まじかよっ。ラッキー!!』

『あまり大きい声で言わないでくれよ。あれは特に持ち出しの難しい本なんだから』

『恩に着るぜ。大佐vv』

『思ってもいないことを口にするのも良くないぞ、鋼の』

『へっへー。だって俺、天邪鬼な性格らしいからさ』





 本当はそのままで良いんだよ

 なんて、暫くは言ってやんないぜ―――






fin.


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とりあえずマイ設定のご説明。→原作より3、4年後。
悲願の人体練成は成功し、アルは故郷へ、エドは軍に残ります。それぞれに守りたいものがあったので。軍職はまあ適当です。
えどたんの軍役についてはいまだに答えが出せていない箱芭ですが、一応一つのカタチとしてはありかと思ってます。



2004.02.28