=約する言の葉=




 今日は珍しくエドワードが一人で東方司令部に赴いた。
「どうした、鋼の?」
 今夜もデートがあるとかで、マスタング大佐はこれまた珍しく机に向かって書類をさばいている。
「今日は一人なんだね」
「ああ。アルには図書館に行ってもらってるんだ。
 俺たち明日の朝には出る予定なんだけど、借りれるヤツは借りとこうと思ってさ。
 でもこっちに返さないといけない資料もあったから、時間も勿体ないしってことで俺が一人で来た訳」
「そうか、もう出てしまうんだね」
 二人がこのイーストシティに訪れたのは確か3日前。辛うじて明日も含めると5日間の滞在と言う事になる。彼らにしてはゆっくりしていた方だろう。
 頭では理解するのだが、やはり寂しいな、とロイは一人ごちた。
しっかりとそれを聞き取ったエドワードはあからさまに顔をしかめる。
「何言ってんだよ、大佐。どうせ慰めてくれる女性なんかいくらでもいるだろう? そんな情けない顔すんなって」
「……私はそんなに情けない顔をしてるかい、鋼の?」
 コクコクと頷くエドワード。そうか、とロイは苦笑するしかなかった。



 どうもこの子の前では持ち前のポーカーフェイスを保つことは出来ないらしい。それくらい特別な存在なのだが、当の本人にはまったく関係がないようだ。だから二人の会話にも普通に”女性“が引き合いに出されてしまう。
 チクリと感じた胸の痛みを咀嚼しきれぬまま飲み込んで、気をつけて行っておいで、とロイは金色の瞳の少年に言いたくもない言葉を告げた。







 翌朝、エドワードは弟のアルフォンスと共に始発の汽車目指して駅に向かった。改札をくぐるとなんとそこには居るはずの無い、けれどよく知っている人物が一人ホームの入り口に立っているではないか。
「た、大佐っ!?」
 思わぬ人に出迎えられ、エルリック兄弟はそろって固まる。
 更にエドワードは呆れていた。もしかして、と。
「何してんの、あんた……」
 ようやく白じんできた闇夜を瞳の端に留めながら、エドワードはロイを見上げた。
「いやなに、ここが出先からの帰りの途中だったのでね、折角だから見送りに来たんだよ」
 なにやら得意げに話すロイに、エドワードは眦を上げる。
「かーっ! 朝帰りのついでに見送りかよ! いるかんなもんっ」
「に、兄さん……」
 過ぎる兄の言動に戦々恐々とする弟だったが、一回り以上歳上の大人には大した事はないらしい。
「ふん。何とでも言いたまえ。そもそも一体なんの想像をしてくれているのかは知らんが、やましい事はしてないよ」
「信じらんねぇ…」
 呆れるやら腹立たしいやらでまともにロイの顔を見れなくなったエドワードは、ふいと視線を横にそらした。
 ロイはポケットに入れいてた両手を出して腕を組み、少年に対し苦笑を洩らした。
「ひどいな、鋼の」
「ひどくない」
「また暫く会えなくなるんだから、もう少し愛想良くしてくれても……」
「だったらっ」
 逸らしていた視線をギッと長身の彼に向けて、エドワードはありったけの声で怒鳴った。

「だったら、人が来るって分かっててデートの予約なんか入れてんじゃねぇや!」

「…えっ!?」
「いくぞ、アル!」
 ロイは目を瞠った。
 駆けてその場を去って行くエドワードを、アルフォンスが慌てて追いかける。
 兄に追いつく直前、こちらに向かっておじぎをしていく辺り、やはりしっかりした弟だ。と感心したのもほんの一瞬。思いも寄らぬエドワードの台詞に呆然としてしまったロイは、ハッと我に返ると急いで彼らの座った位置まで駆け寄っていく。
「待ちたまえっ、鋼の!」
 ああ、君はどうしてそういつも私を驚かせてくれるんだろう。
 どうしても伝えたいことがあってここまで来たのに。
 早く言ってしまわなければ、汽車は容赦なく行ってしまう。
「鋼の!」
 外から窓をのぞきこむロイ。
 エドワードはまだ怒りの様相でロイを見た。だがそんなものではロイも怯まない。
「鋼の!必ずまたここに帰っておいで!どんな時でもいい。私は何時でも君達の背を押し出してあげるから!」


「はっ?」
 今度はエドワードが驚きを見せる番だった。中から窓を持ち上げて身を乗り出す。
「大佐?」
 ロイも不思議そうな顔を見せるエドワードにギリギリまで近づいて告げる。
 その表情はエドワードが見惚れてしまうくらいに真剣だった。
「鋼の。私は君にいつでも会いたいと思っている。
 できればずっと近くにいて欲しいと思うくらいにね。
 だが君達の足をとめることはできないから、せめて出て行く君たちの姿を見届けさせてほしいんだよ」
 それが自分だけに赦されて欲しい、せめてもの贅沢だから。

 数秒のタイムラグ。
 今度はエドワードが呆然とする番だった。ロイの言わんとすることを頭の中で何度も復唱し、徐々に顔を赤らめていく。
 あちゃあ、とぼやいたエドワードは両手を顔に当てると、窓の桟に額を置くように顔を埋めた。
 そうすることでロイを顔を見ないようにするエドワードだけれど、意識はしっかりと彼へ向けられる。
 もう逃げることも叶わない。
 感じる視線で痛いほどに分かった。彼がどれだけ真剣な面持ちで居るのかが。

「………たいさぁ」
「鋼の……」
「何でそんな今更な事言ってくるんだよ……恥ずかしいなぁ」
 少年の返してきた返事は自分の予想外のものだった。ロイは思わず本来の名で彼を呼ぶ。
「……エド?」
「だって最初に俺を押し出したの、あんただぜ? そんな事言うの、今更じゃん」

 大佐がいてくれたから、今の俺たちがここに居るんだけど――。


 エドワードが顔を上げた。
 その瞳には何の迷いも無い、発つ時にいつも見せるまっすぐな金色の双眸。
 彼の見せた笑顔はとても楽しそうで、ロイもここに来て初めて肩の力が抜けた気がした。
「鋼の……本当に、気をつけて行っておいで」
「うん、行って来るよ」
 ロイ。と少年が呼ぶ声は弟に気付かれないように、とても小さく発せられたものだったが。

 ロイの耳にはしっかりと聞き届けられていた。








 ちゃんとまた帰ってくるよ。
 一つどころには止まれない俺たちだから。
 せめて繰り返す始まりは、いつもあんたの懐からでありたいと。
 自分自身も願っているから。

 気にしてよ。

 心配しててよ。

 気持ち追いかけてきてほしいんだから。

 捕まった時はまた貴方に、貴方だけに告げよう。

”さよなら”じゃない、それは暗黙の再会を約するための言葉なんだ。

 だから何度でも心から告げる――。



『行ってきます』ってね。






fin.


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今読み返すと非常にストレートな大佐とエドが、これまた非常に新鮮だ☆
確か書いてるときはまだくっついてないっていう設定だったのですが余計に疑わしい……。
横で見てたアルは居たたまれなかったはずデス。



2009.5.10