=君と二人でとおりゃんせ=

旅立ちの時

6.







『半兵衛様、半兵衛様』

 おや、夢に見ることはあれども、声をかけられたのは久しぶりではないか。

「どうしたのです、ねね殿?」

『貴方にお礼が言いたくて』

「なんの?」

『秀吉様が近頃とても楽しそうなので』

「……君は夢の中でまで僕をからかうのかい」

『この天下、長く続くとは思えませぬが』

「ねね」

『それでも良いのです』

 あの人の見た夢が今目の前にあるのですから―――。


 去り際にいやな言葉を残していくとは。
「これじゃあ寝覚めも最悪だ」
「何を見たんだい?」
 無意識に思ったことを口にしたら返事が返ってきたので吃驚して肩を揺らす。
 横になったまま顔だけを右に向けると、派手な衣装の美丈夫がどっかりと座り込んでいた。
「……慶次君、君いつからそこにいるんだい」
「おう。半刻ほど前かな」
「起こせばいいのに」
「悪いだろ」
「君がそこにじっとしている事のほうが僕は怖いよ」
「どういう意味だい」
 酷ぇこと言うねぇ、などと非難はしても顔が笑っているのでこの応酬を楽しんでいるのが分かる。
 どんなことだって受け流してからからと笑い飛ばせるのがこの前田慶次という男だ。彼にとっては天下取りすら蚊帳の外。その圧倒的な力で悲しみの元凶である戦の数々をなぎ払ってきた。興味があるのはただただ目の前にいる人の幸せ。
 だからねねが秀吉に殺されたときは怒りの鬼と化していた。
 もう二度と交わる事のない互いの道だと思っていたのに……。
「君がここに居るということはもう出立の準備ができているという事なのかな」
「まあな。でもよ」
 半兵衛が本当に行きたくないなら秀吉に言うよ。
 さらりととんでもない事をいう男がそこにいる。
 軽く目を見開いて半兵衛は今度こそ身体を起こした。
「もう起きて大丈夫なのか」
「君には関係のないことだ。それより今言った事は本気なのか?」
「へ?」
「行かなくても良いなんて」
「だって嫌がる奴を無理に行かせるのも悪いだろ」
「何言ってるんだい。君が差し金の癖に」
「あれ、知ってた?」
「それくらい分かるよ」
 君と秀吉が組んでる事くらい。
 そういうと悪い、とはにかんだ笑みを見せる。
 ああ、だからだ。

(この状況は昔のあの頃と似ているな)
 まだねねも生きていて、自分と秀吉と慶次も含め四人でよく食事を囲んだ。
 見た目と違い、意外と悪戯好きな―本人はいたって真面目なつもりの―秀吉と、それこそ祭り好きな慶次とは馬が合った。
 村に入り込む夜盗を捕まえるための仕掛けを作ったり、実際に襲われたときなどは応戦もした。慶次はよくいろんな国へ行くので土産話にも秀吉が食いつく。本当に二人が仲良さそうで、半兵衛には少々面白くない時期でもあった。
 それがどうも顔に出てしまっていたようでよくねねに心配された。
 大丈夫だというと、そう、と満面の笑みを浮かべる。そして必ず一言
「秀吉様をお願いね」
 と自分に告げるのだ。

 ねねは、自分の将来が分かっていたのかもしれない。

「おい、半兵衛?」
 はっと意識を戻すと慶次が心配げな様子でこちらを覗き込んできていた。
「ちょっと慶次君、顔が近い」
「あんたが急に黙り込むからだろ」
 自分の上に乗り上げそうな勢いでこちらを見ているものから、思わず身体を後ろに引いてしまった。
 布団から出れないからどいてくれと慶次の身体を下がらせて、半兵衛はよっこらせと立ち上がる。
「一刻ほど待ってくれ。それで準備ができる」
「おっ、行くのかい」
「君も行きたいんだろ」
 まずは奥州にね。

 仮面を付けていない半兵衛の今日最初の笑顔が見れた。
 行った先に何があるかは分からないが、それでも今の半兵衛と二人でいけるのなら道中楽しくなりそうだなと、慶次の胸中は踊る。

 憎しみも嫌悪も全て乗り越えて、それでも傍にいるのなら、これも運命と割り切ればよいのだ――。





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二人の会話だとすらすら進む。むろん捏造は入りまくりなのですが、そこは御愛嬌で。
次こそ竜の里へ行きます☆