=漣〜sazanami〜=








 地上での作戦を終了しマイスターは全員プトレマイオスに待機となったこの二、三日の事。
 ティエリアはヴァーチェの整備にここぞとばかりに専念した。最初の二日間はほとんどをヴァーチェの為に時間を費やし、他のマイスターたちやクルーたちとも会話らしい会話をしていない。極端な話、ガンダムとヴェーダに関わる事になると食事すら忘れてしまうのがティエリアなので、時間を見計らってはハロが食事の時刻を知らせに来た按配である。(人間相手では容赦ない彼に、誰も近づこうとしなかった為だ)
 整備も一区切りをみせたので、コンテナを出たティエリアは、ヴェーダと連絡を取るためシステムルームへと向かう。端から端までを嵌め込みガラスで外が見えるようにされている通路に差し掛かったところで、一番会いたくない人物を見つけてしまった。

 刹那・F・セイエイ。

 この宇宙空間においても赤色のターバンを決して外さないのは、やはり彼の生まれによるものか。首に巻かれたそれが風など吹かなくともささいな空気の動きでふわりと浮かぶ。
 刹那が見つめているのは唯一点、太陽に照らされた地球だった。
「そんなに地球が珍しいか?」
「え……」
 初めてそこで相手に気付いたように振り替える。前振りがないと彼もここまで子供らしい表情が出せるものなのか。ロックオンやアレルヤならば感心するところだろうが、ティエリアには全く持って興味の対象とならなかった。
 なんせ無視でもすればよいものを、わざわざ声をかけてしまったのだから、それだけで自身にとっては十分驚くべき事だ。
 尋ねられた真意に気付いて、刹那は、ああ、と一言答えた。
「宇宙から見た地球が、こんなにも綺麗なんて……」
「俺はもう見慣れたけどな」
「そうなのか。ティエリア・アーデは宇宙生活が長いのか」
「刹那・F・セイエイ。君に答えることではない」
 口にしてから失敗したと思った。
 何がとまでは思わなくても、自分は失敗してしまったような気がした。何か他に言わなければいけないようにも思うのだが、何も頭に浮かんでこない。どうしたものかと思っていたが、刹那が勝手に話を進めてくれそうなのでティエリアは内心息をついた。
「俺は、別に地球が綺麗な事に感動してるわけじゃない」
「ならどうしてそこまで熱心に?」
「それは……あまりにも仮初の姿のような気がして、ちょっと、嫌だなと思ってただけだ」

 ティエリアは思わず唸っていた。
 とはいえ、外への感情表現を極端に嫌うティエリアである。声に出す事だけはしっかり隠して、内心かなり唸っていた。
 刹那の言わんとすることがあまりに分かりすぎて、なんだか面白くない。

 いまだ終わらぬ内戦。

 死におびえる人々。

 罪亡き人々を殺し続ける、元来殺す事の意味も知らなかったはずの子供達。

 溢れ流れる赤き血はこの天上からは見届ける事ができない。

 星の青さに隠されて、今もその向こうで誰かが泣き続けているのだろう。

 なればこその『仮初の姿』と刹那は言うのだ。
 きっとティエリアだけではない。他のマイスターたちも少なからず同感するだろうと思われる。
 しかし、その感情すら作戦に支障をきたすならば持つべきではない。
 自身も同じような思いに立っていた事は棚に上げて、あまり感情的になるなよと刹那をたしなめた。
「俺は、俺の意思で動く。以前にもそう言った筈だ」
 己自身が存在意義だと、銃を向けたティエリアに言い放った彼の目は、いつだってまっすぐで、だから余計にティエリアを苛立たせる。
 なんだろう。
 なにがそんなに面白くないというんだ。
 自分にも分からない感情があるとでも――。

 はっとして目を見開いた。
 自分は今何を考えようとしていた?
「ティエリア、どうかしたか」
 ティエリアの様子がおかしいのに気付いた刹那が気遣う言葉をかけてくるが、それも耳には届いてこない。
 失敬する、と一言だけ残してティエリアはすぐさまその場を離れた。向こうがどんな目で見ていようと構うものか。システムルームへ行くのは止めて自室へと戻る。
 少し、落ち着かせる時間が欲しかった。
 考える時間など要らない。
 ティエリアにはヴェーダが全てなのだから。
 それ以外のことで考えなければならない要素など、どこにもあってはいけないのだ。
「やはり彼はここにいるべきではないんだ……刹那・F・セイエイ」

 そう言うティエリアは、しかしいつまでも同じような思考に悩み続けるのである。












fin.





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2009.3.25