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もしティエが♀だと何かが変わるのかと、ちょっと書いてみる。



今日は好きな人にプレゼントを贈るイベントデー



 刹那は朝早々から頭を痛めることになった。
 戦場ではガンダムマイスターとして主導権を持てる彼でも、正直苦手とする人間がいて、元来口達者ではない刹那としては押し切られるとどうにも勝てない。
 同僚のロックオンやアレルヤは大抵こちらの話を先に聞こうとしてくれる。これは刹那が自分から話したがらないので彼らがあえて誘導しているのだ。しかしその方がいい。余計なことを考えなくても良いし、別段話したいことがあるわけでもない。
 しかし彼女だけは同じ手を使ってはくれなくて、しかもあえてこちらが答をださなければいけない状況に追い込まれるので、本当にこめかみ辺りが痛い。
 昨日彼女から出された課題はこうだった。
『明日は世間で言うバレンタインデーというやつだろ。刹那・F・セイエイ』
『それで……』
『俺は欲しいものが一つある。それが君から欲しい』
『なんだそれは』
『自分で考えろ』
『……自分で?』
 こんな無謀な提案を呑まされる自分って結構可哀想なんじゃないだろうか。
 ティエリア・アーデ。
 マイスターでありながらスメラギと同等、否、それ以上にソレスタルビーイング内での発言権は強い。彼女は唯一ヴェーダと交信(?)できる人間であるからだ。
 多少それが面白くない時期もあったが、なれてしまえば気にする事もない。
 彼女だけが自分に対して、無理難題を押し付けようとしてくる人間だから。
 以前地上に降りたときは任務が終わってすぐのときに「ハーゲ○ダッツの抹茶クリスピーが欲しい」と言われたときには本当に泣きそうになった。どれだけ考えても入手は困難と判断した刹那は彼女に懇願し、代わりにと次のオフ丸一日を彼女のために使ったのだ。
「困ったな」
 今までも悩んできたが、それでも希望するものが提示されるのとされないのでは全然違う。さてどうしたものか。
 顔をしかめながら部屋を出ると、ロックオンがこちらに向かってきていた。
 自分の部屋を通り過ぎると向こうには機体が置かれているコンテナがある。
「デュナメスを見に行くのか?」
 おはようと互いに告げて刹那が尋ねるとロックオンはそうだと答えた。
「ティエリアもさっき向こうに行ってたな」
「ティエリア・アーデが……」
「なあ、刹那」
 なんだと聞くと、ロックオンに思ってもなかったことを聞かれた。
「なんでお前らいつもフルネームで呼ぶんだ?」
「どういう意味だ」
「何時までも互いにフルネームで面倒だろ。確かにコードネームだからな、特殊かもしれないが、それでも他人行儀っぽく聞こえるからな。必要ないと思うぞ」
「馴れ合いとは違うのか」
「違うだろ。ていうか俺達の場合、もう少し馴れ合っても良いくらいだな」
 そうだろうか。いまいち、刹那にはよく分からなかった。
 けれどロックオンの話が全く分からないわけでもない。
 軽く頷いて、刹那もコンテナに向かうことにした。


 彼女は確かにそこにいた。ヴァーチェに接続した端末に向き合い、整備班の人間となにやら話している。
 負担着に良く見るカーディガンにニットパンツの井出立ちはトレミーの中でも普通になった。逆にそのほうが彼女を見つけやすい。
 声をかけることはせずに出入り口の横で壁に背を凭れさせながら彼女の仕事が終わるのを待つ。
 ふうん、今日はメガネかけてないんだな。
 そのほうがいいな――と思ったところで彼女がこちらに振り返った。
「何の用だ、刹那・F・セイエイ」
 ほら、やっぱりメガネはないほうが彼女はいいと思う。
「特には。さっきロックオンとかち合った。その時にこっちにいるって聞いたんだ」
「……そうか。もうすぐ終わる。一緒に食事でもするか?」
「ああ」
 彼女はどうやら起きてすぐにこちらに向かったらしい。刹那もまだ済ませてはいなかったので丁度良いと応諾する。
 もうすぐなどではなく、二言三言整備班と言葉を交わすと後は任せた様子で、ティエリアは刹那に近づいてきた。
「では食堂にいこう」
「ああ……ティエリア・アーデ」
「なんだ?」
 スライドドアが開き、先に通路に出たところで呼び止められたティエリアは、ふわりと切りそろえられた髪を揺らしてこちらに振り返った。
 彼女の目を見ると不思議と引き込まれるのだけれど、今だけはそれもなく、えっと、と言葉に詰まってしまった。
 戦闘の時にも感じることはほとんどない緊張というものをしっかりと自覚してしまう。
 仕方がない。今日という日に際しての彼女の”望むもの”がまだちゃんと分かっていなくて、けれど結論は出さないといけないから。それはこれからまだ猶予はあるかもしれないけれど、気付いて日付が変わってしまいましたと言う事があってもいけない。実際以前にやってしまい、暫くは彼女の機嫌がすこぶる悪くなり、クルーにも窘められてしまったのだ。
 だから、今、考えている事を口にしておく。
「この前……言っていた、今日欲しいもの」
「ああ、ちゃんと覚えていたか」
 軽くティエリアが笑う。微妙な変化でも実は非常に喜んでいるのだと分かるようになったのはここ最近のことだ。
 少しほっとして肩の力も抜けた刹那は自分の考えを彼女に伝えた。
「実はよく分からない。だから何も準備が出来ていない。すまない。ただ……」
 ティエリアはただじっと聞いている。
「今日一日お前と一緒にいる。それでは駄目か?」
 刹那の言葉に二、三度、瞬きを見せてティエリアは頷いた。
「構わない。俺も今日は空けてある」
「それと」
「それと?」
 これで話は終わりだと思ったのだろう、ティエリアは場を離れようとしたのに刹那が腕を捕まえる。
「なんだ、刹那・F……」
「名前」
「え?」
 脈絡のない単語にティエリアはきょとんとしてみせる。
 いちいちこんな事を口にするのもかなり恥かしいのだけれど、けれど言わないと自分達は次に進めないタイプなのだと思う。
 だから刹那は伝える事にした。
「お互いにファーストネームで呼びあわないか。良いだろ、ティエリア」
 これには彼女も驚いたようだ。口元を空いた手で押さえて考え込む。自分の提案した事はそんなに嫌な事だったのだろうか。
「……気付かなかった」
 しかし返って来た言葉は刹那の予想外のもの。
「そういえばずっとフルネームで呼んでたな」
 刹那は絶句した。まさかそこに自覚がなかったとは思わなかったのだ。とはいえ、刹那とて先程ロックオンに言われて気づいたようなものなのだから、五十歩百歩と言ったところだろう。
 合点がいったらしいティエリアは何度も頷いて見せた。
「それもそうだな。気にした事もなかったが、最初にお前も何も言わなかったから」
「それは……」
「じゃあ、今日から俺は”刹那”と呼べばいいんだな」

――刹那。

 なんだか胸があったかい。
 こんな些細な違いに人はここまで反応するのかと、刹那は不思議な思いに駆られて一日をスタートさせた。
「昔、経済特区日本では、女性から好きな男性にチョコレートを贈っていたそうだ」
 実はティエリアが用意してくれていたチョコレートケーキを差し出されて、驚かされるのはそれからすぐ後のことである。


 後日。
 名前の呼び方のことが話題になったときに、この日の事を話すと、トレミーのクルー達にはかなり呆れられてしまった。
「お前ら、そろいもそろって天然だなあ」
「俺と刹那を一緒にするな!」
「天然ってなんだ?」
 これを聞いたハロが数日の間は『テンネン、テンネン』と言いながら跳ね回ったとかなんとか。






fin.


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全然女の子とか関係なかった。
実際本当に欲しかったのは刹那との過ごす時間だけ。

初期に書いたSSなので、すごく平和な刹ティエ(苦笑)



2008.3.24